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ぼくのエリ 200歳の少女(ネタバレ)/凍てつくキューブ・ジャングルをサヴァイブする

■まあるい背中

エリがアパートの壁越しにオスカーとモールス信号でコミュニケーションするシーン。エリの華奢な背中が猫背気味にまあるくなってます。ヴァンパイアとして「不死」を生きる宿命にあるエリが纏わざるを得ない、肉体と精神のズレ、性のあわいを揺れるユニセックスな肢体に不似合いなちょっと丸っこい背中には、子供と大人が同居するエリの、本当の年齢が顔を覗かせているように感じてしまうんです。
彼女が狩りをするシーンも、背中が丸くなってます。コッチはもろに彼女の獣性を感じました。暗がりからドサッと落下して、獲物の喉首に喰らいつく。オスカーと初対面の雪の舞う夜の公園で、ジャングルジムからほんの少しだけ重力に逆らうように、ふわりと降りてくる所作が印象的でしたけど、狩りの場面では思いっきり重力に囚われてます。自身の身体の重みに飢えを満たしたい純粋な欲望が加重されて、ずしりとした重みとして感じられます。他にも床に広がる血溜まりを啜る場面もありましたね。病院の外壁をスルスルと登る重力に抗する力は消え失せ、重力に手折られ、膝を屈する最も賤しい姿として立ち現われる。それをオスカーに見られてしまう危険よりも、彼女を支配する欲望のほうがいとも簡単に凌駕する−生存のみを純粋に希求する本能の、なんとおぞましくも美しい事。
全ての生きとし生けるものがなにがしかの命を奪って生きながらえてる筈なのに、死を忌むべきものとしていくつかのタブー(禁忌)を制度的に取り込み、維持してきた人間社会では(たとえそれが幻想であっったとしても)吸血鬼は社会秩序の根幹に位置する、不安の究極形態なんでしょうか。食物連鎖の頂点に立つものが人間以外に存在する恐怖が、ヴァンパイア伝説を生んだのかも?って、あぁ、妄想が…。宗教上の悪の具現化として、我々人間を餌とするバンパイアは、共同体の秩序を脅かす都合の良い表象でしたでしょうし。。
システムとして人間が規定した社会の外部で生きていく他ないヴァンパイアは、究極のマイノリティとして闇を味方にし、隠れ住む。子供を管理下に置いておきたい母と同級生からの執拗ないじめ、二重の抑圧の中で、オスカーが唯一自分を解放できるのも、闇が支配する夜でしたから、彼が惹かれているのは彼女が纏う闇の力でもあるんですよね。生殖器を持たない隠花植物のようなエリは、むせ返るような生命力、再生力に満ちた密林ではなく、画一的な清潔さで塗りつぶされた公営住宅の四角いジャングルを狩場とし、闇の魅力に抗えないもの達を引き寄せ、保護者としていく。オスカーはエリが飢えている時に放つ死臭をかぎ分けてましたけど、凍てつく大気に流れ込むわずかな異臭が、生と死の狭間で生き続けなければならない者に宿命づけられた匂いなんでしょうね、きっと。かんばせは異郷の花のように美しくても、身体の奥深くに腐敗の匂いが染みついてる…若い女の子には耐え難いほどの屈辱なのに、それをわざわざ指摘してしまうオスカーの幼さは、残酷でよいですが(笑)。
老いによる衰えからドジを踏んだ老人は、エリの秘密を守るために、硫酸で顔を焼き、重力に身を委ね落下して行きましたが、これじゃぁ、殆ど殉教者みたいに見えてしまいます。若い男の出現でお払い箱にされる男の悲哀を、自身を供物として捧げることで昇華させたかったんでしょう。老人が死体処理に使用したオレンジの棒で、いじめっ子に反撃したオスカーは、棒の継承によってもエリの新たな保護者となるんですよね、この辺りキッチリ伏線、張ってあります。疑問だったのが、エリがコレクションしているガラクタ(骨董品)の中にいくつかの指輪があったんです。これは彼女のかつての保護者の所有物だったもので、指輪の数が保護者の数を示してるという事なんでしょうか?原作読めばわかるかしら…。

■エリは飛べるの?

プールサイドのシークエンス以降は、疎外される者同士、一度は互いの孤独に共振したエリを失ったオスカーの幻想、唯一の共闘者が去った後もなお続く陰湿な虐めが引き起こした事件で、水中で死にゆくオスカーが垣間見た、儚い夢って事にしておきたいんですが(笑)、虐殺後の光景を俯瞰でとらえてる画で引っかかってしまって…人称が特定できない客観的なショットなんですよね。素直に受け取れば、プールでの事件は、一度はオスカーの下を去ったエリが彼の危機に再び現れ、彼を救ったんだでいいのでしょうけど。でも、でもですね(笑)、プールでのいじめっ子達の殺害は、ヴァンパイアのエリが飛べないと不可能です。プールサイドに膝をついてるいじめっ子のお兄さんとプールに沈められたオスカー間の距離とか、結構な時間プールに沈められたのに、顔を水面から出した時に、泳ぎが得意でないオスカーが息ひとつ乱してないとか…その他にも、引っ掛かりのあるシークエンスです。血に染まったエリの顔をみてにっこりと微笑むオスカーに、彼女を受け入れた運命がいざなう破滅への序曲が静謐な水面に揺らめいているようで、大好きなシーンなんですけどね。その後の、スーツケースを抱えた列車での道行場面では、コンパートメントの窓が開いていることから、エリは列車の走るスピードで飛ぶこともできちゃうんだって事なのかもしれませんが…。