読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ドラゴン・タトゥーの女(ネタバレ)/ネコは犬にはなれない

■他人を不快にさせる恐怖

原作は読んでませんが、スウェーデン版1、2は先に鑑賞してました。フィンチャー版のリスベットは、「ネコちゃん」ですね。依頼主の大富豪から提供されたコテージにふらりと現れ(バスタブも猫足だった)、ミカエルとベッドを共有していたネコは、人が知らない(気づかない)ネコ道を使って、いつの間にか部屋に入り込んでる。天才的なハッキング技術を駆使して、ターゲットが気づかない内に個人情報を抜き取るリスベットも、玄関や窓以外の侵入口を知っているネコ同様。バッグを奪われた際に見せたエスカレーターでの柔軟で俊敏な動き、単独行動を好み、頭が良くて、孤独を愛する…白いバスローブを羽織り、ベッドの上でノートパソコンを弄ってる彼女をなでなでしているミカエルは、まるでネコを愛撫してるみたい。。
リスベットネコちゃんも、生きていく(食べていく)にはお金は必要。でも、容易には他者に心を開かない彼女が過去に起こした事件により、23歳になっても保護観察官の同意がなければ自分のお金でも自由に使えない状況下でサヴァイブしていくため、わずかな異変も見逃さない用心深さを忘れないんです。新しく担当になった弁護士との面会前の入念な準備からも窺えますよね。ご褒美(お金)の為に相手にすり寄って見せても、出し入れ自由な鋭い鉤爪は、被毛に覆われた柔らかな肉球の谷間に飛び出しナイフのように隠されている。女性蔑視の豚野郎にぶっとい金属の棒が“めりめり”(←この音、ものすごかったです)と差し込まれる瞬間はもう拍手したいくらい(笑)。スウェーデン版の俳優さんの方が、残忍で冷酷な内面と知的で洗練された外観とのギャップがあって、そこが良かったんですけど、フィンチャー版では、見たまんまの豚野郎、饐えた匂いが漂ってきそうな俳優さんになっちゃいました。何故なんだろう?マルティンの紳士的な物腰と被っちゃうから…?
雇い主の雑誌編集長と長年愛人関係にあり、それが原因で離婚したものの、愛娘から嫌われるどころかたいそう慕われている“モテ男”ミカエルは、生きていく上で抱えてしまう歳相応のしがらみを上手くコントロールできるだけの大人の男。彼がモテるのはとっても分かります。おしゃれで(あの黒いコート、ステキでした)、コミュニケーション力に富み、思いやりがあって、女性に優しいミカエルはどう見ても犬型なんですよね。人間と同じ社会性を持つ生き物である「犬」は、社会性を持つが故にコミュニケーション(意思疎通)を求め、それが充足される時に深い満足を得ますが(飼い主の命令を忠実に守り、それを褒めてもらえることが飼い犬にとっては一番のご褒美)。裁判に敗訴し、窮地に追い込まれたミカエルは、失意の中、大富豪から持ちかけられたハリエット殺人事件の捜査に向かいます。世俗社会と繋がっているのはたった一本の橋のみ、ケータイの電波も入らない孤島に避難すれば鬱陶しいマスコミも避けることが出来る。でも、これは彼が属していた社会(群れ)からの一時的離脱でもあるんですよね。雇い主(ミレニアム誌の女性編集長)とも距離を取った彼は、その罰として愛人関係にある彼女とのキスを“おあずけ”にされる。事件解決後、再びミカエルは本来の飼い主=女性編集長の下に戻りましたが、社会(群れ)から逸れた飼い犬が、再び飼い主の下に戻る−経営危機状態だった雑誌社も救う(リスベットのお陰なんですが)という骨まで咥えて戻ってくる忠犬ぶりです。
警告の為に無残にも殺されたネコちゃんと入れ替わるように、今度はリスベットがミカエルとベッドを共にし始める。仕事上の助手であり、娘ほども歳の離れた若い女の子と関係を持つ事に一瞬の躊躇いを見せるミカエルでしたけど、彼の上になったリスベットを組み拉く様は、萌えますねえ。このシーンも含めて、結構、ミカエル萌え!のサービスショットがあります、女性向けサービスなんでしょうか(笑)。面白いなぁと思ったのが、犬人間のミカエルが、だんだんとネコ化していくように思えた事なんですね。ずっと禁煙していたタバコを吸い始めることから始まって、マルティンの屋敷に猫のように忍び込むようになる。島全体が一族の所有地で、その中でも高台にあるのが、彼の豪邸。ガラス張りのモダン建築ですけど、最も高い位置にあるために他者の視線を遮ることが出来る。表向きは申し分のない紳士のペルソナを表象するのがあの屋敷ですよね。得意のシビエ料理とワインで卒なく客をもてなす主にふさわしいオープンな造りと、彼が男根的的暴力衝動を解き放つ「闇」を地下に隠し持つ二重構造になってます。
リスベットの影響からか、所属していた社会からの逆風からか(その両方でしょうけど)ネコになろうとしたミカエルは、準備不足のまま、武器も現地調達(アイランドキッチンにあった料理用ナイフ)でまかなってましたけど、本来の性質まで捨て去ることは出来ずに、易々と獲物とされてしまいます。彼が墓穴を掘ったのは、群れの中で常識的な社会生活を送ってきた人間がどうしても捨てられない恐怖−本能が察知した身の危険よりも、相手の申し出を断れば、不愉快な思いをさせてしまうんじゃないかという恐怖−なんですよね。マルティンが勝利宣言の代わりにミカエルに話したこの台詞がとっても面白かったです。リスベットなら、さっさと逃げ出すか、それ相応の準備してから臨んだでしょう。

■もうタバコは止めたんだ

ネコの惨殺死体を見て吐き気を催してしまうミカエルとは対照的に、映像をしっかりとデジカメに残し、コテージの各所に防犯カメラを設置し、準備を怠らないリスベット。彼女、ミカエルとの接触をきっかけに、徐々にいろんな気遣いを見せ始めます。タバコの副流煙を気にしたり、朝食の準備をしたり…。飼いネコのよく知られた行動に、親猫から教わった狩りの成果(外で捕まえた小動物や昆虫)を飼い主の下に運ぶ習性があって、彼女の朝食準備は、最初にミカエルが彼女のアパートを訪れた際に朝食持参だった事をそっくり模倣しているみたいでしたが、ほぼこれに該当するんじゃないかとちょっと妄想してしまいました。
彼女の理解者で友人だった前の保護観察官が病のために「言葉」を失い、リスベットは心を許して話せる、コミュニケート(双方向の意思伝達)できる唯一の他者を失ってしまいます。その欠如を埋めるために、ミカエルを必要とした彼女の心境の変化はよく理解できます。でもね、やっぱりコミュニケーション、下手くそですねえ。セックスは快感を得るだけではなく、愛情の確認や深化でもあることを理解している大人のミカエルには、彼女の快感のみに性急なセックスに違和感を持ち始めてたんじゃないでしょうか。私は最後のセックスシーンの両者のずれが気になったんですけど…。
本来の飼い主の下に戻ってしまったミカエルを目撃したリスペットの切ないシーンが良いですね。ミカエルたちが乗り込むタクシーはリスベットがいた位置からは高い所にあって、彼女はその光景を見上げる形になってます。プレゼントをゴミ箱に突っ込んだ後、傷ついた心を抱えて、雪の中、ひとりバイクで坂を下っていく、巧みな空間設計に、あっさりやられました(笑)。彼女が下りていく坂道の先には何が待ち受けているのか、坂を下ることが彼女の内面に巣食う深い闇にまで降下していくことになるのか、スウェーデン版の尖がったツンデレのリスベットから随分と変化したあれやこれやの行きつく先をもう少し見てみたいと思えるラストになって、とりあえずは納得してます。
そうそう、予告編でも一番気になっていたシーン、新しい弁護士にフェラを強要された後、アパートにいるリスベットの背後からとらえた映像がぐるっと反転してしまう画がインパクトがあって、見終わった後、ずっとその事考えていたんですけど、いまいちよく分からないのです。どなたかご教授いただければ幸いです。。

furutaさんの考察は必見です。
http://d.hatena.ne.jp/furuta01/20120323/1332550970