おとなのけんか(ネタバレ)/それでも、ハムスターは元気です

■素晴らしい自己愛だ

名匠ロマン・ポランスキー監督による戯曲の映画化。79分という上映時間が映画内ドラマの進行時間と重なる、ヒッチコックの『ロープ』を想起する作りになってます。
子供のケンカの後始末のために集まった二組の夫婦が、子供の事はそっちのけで、激しいバトルを始める。当の子供達はというと、とっくに仲直りしてるというシニカルな落ち。当事者には深刻な事態でも、一歩下がった客観的立場の観客には、よそ様のケンカを無責任に眺めていられる特権が与えられてますから、もう面白くて、面白くて…上映中には笑いが頻繁に起きてました。

あまり長居はしたくないお宅に招かれた時、他の来客があったり、電話がかかってきたりしたタイミングをきっかけに、退散する事ってよくあると思うのですが(電話を相手が切るタイミングをすかさずとらえて、そろそろお暇させていただきます…と繋げる)本作、ケータイや電話が鳴るタイミングが絶妙で(笑)、帰り支度をしていても、収まりかけた話題がまたぞろ引っ張り出されてしまうんですね。

アフリカ問題に関心を持ち、著書もあるインテリ女性ペネロペをジョディー・フォスターがほぼセルフパロディーのように演じてます。リベラルで“正しい人”でありたいペネロペを、皮肉屋の弁護士のアラン(クリストフ・ヴァルツ)が絶妙のタイミングで投下した言葉の爆弾によって暴いていく。正しい私の自画像が大好きなペネロペは、見事に振り回されてしまいますが、インテリとしての見栄を張るため用意してあったフランシス=ベイコンの画集を汚されてしまった彼女が“自分の事しか考えてなくてごめんなさい”と謝るシーンには、この女性の素直な一面がみられたような気がしました。あまり見られたくないパウダールームに客を通さなければならなくなった時のリアクションだとか、ケータイぼちゃんの後のガッツポーズとか、印象深かったです。金物店を経営する、マザコンで事なかれ主義の夫マイケル(ジョン・C・ライリー)が気取らない男を演じてる仮面の下で、スコッチと葉巻で古式ゆかしい男同士の儀式に事態を収斂させようとするマッチョぶりに、一体、この夫婦はどこに惹かれあったんだろう?という疑問が残りました(笑)。

弁護士のアラン(クリストフ・ヴァルツ)は、本来の性格なのか、職業上(製薬会社の顧問弁護士)なのかよく分かりませんが、真実や正義といったものにこれっぽっちも価値を持たない男で、彼の人生の全ては「携帯電話」であって(と彼は思い込もうとしている。発泡スチロールの神様が携帯なんですよね)、彼自身の中心はどこまでも空疎なんだと思うんです。玉ねぎの皮をどんどん剥いていったら、芯にはなにもなかったという感じ。彼の認識では彼の中心は携帯によって外部委託されているから、見栄優先の人格のお化粧が必要のない人物なんでしょうね。弁護士が電話口で医者を嬉々として演じてる姿を見てると、この人にとってすべては虚構なんじゃないかって思えました。ソファーに座った弁護士夫婦がそれぞれ手にしているのが、携帯(夫)と化粧用コンパクト(妻)といった、思わず吹き出しそうになる画もありましたし。。彼が投下する爆弾の鋭さにははっとさせられます。ペネロペをやり込める台詞は的を射ていますよね。サイードあたりの影響も感じますが。。クリストフ・ヴァルツは『イングロリアス・バスターズ』でも披露した焼き菓子を食べるシーンを再度魅せてくれます。

一番厚化粧してるのが投資ブローカーのナンシー(ケイト・ウィンスレット)。一見しとやかで上品な人妻が、どんどん脱がされていきます(笑)。コートやスーツの上着、ハイヒール、女の秘密の箱=バッグの中身までぶちまかれ、胃の中のモノまで披露する。自身を支えるための仮面はこの人が一番多いのでしょう。あの夫なら…ってわからなくもないですけど。。ひとり掛けスツールにペネロペが座った時、弁護士の携帯に怒り心頭だった彼女の背中には苛立ちがくっきり浮かび上がってましたが、同じ椅子に座ったナンシーの背中は、玉ねぎ夫に振り回されてきた女の哀しみや諦観が現れているような気がしました。夫婦として真剣に向き合あおうとする、その努力を積み重ねてきた時期もあったのでしょうが、子育てを苦痛だと感じてるナンシーを母としての愛情不足とか上っ面だけの女だとか責める気にはなれませんでした。現実にあの夫だったら、どっと疲れてしまいます。
4人の大人が、いい歳をして不満や怒りをぶちまけで行く様は大人げないと一刀両断する事も可能ですが、私、ちょっと羨ましかったりもしました。これだけ言いたいことが言えればすっきりするだろうなぁって。。疲労困憊するでしょうが。一本20ドルのチューリップが生けられた花瓶=虚飾のガラス容器に落とされた携帯が再び息を吹き返す−エンドレスのバトルを予兆させる幕引きは上手いですね。

テンポの良い、タイトな作りで、あっという間の79分です。会話劇としての完成度の高さは勿論なんですが、その完成度故に映画としての伸び代の少なさがちょっと気になりましたね。これはこれで、贅沢な不満ではありますが…。