SHAME -シェイム- (ネタバレ)/さすらい人の靴を履き

■私たちは悪い人間じゃない、悪い場所にいただけ

薬物、アルコール、消費行動(買い物中毒)、ギャンブル、ワーカーホリック、対人コミュニケーション…アディクション(嗜癖/中毒)の相貌は違っても、依存問題はそれを抱える人を支える側、主に家族らにも深刻な影響を及ぼします。本作では大都会のニューヨークで、孤独に暮らす男性のセックス依存が取り上げられてますが、より深刻なのは彼よりも妹の方じゃないのでしょうか。腕には無数のリストカットの傷痕、自己価値観の低さから関係を持った男達に過剰に愛を求め、常に他者からの受容承認がないと不安になり、それがかなわないと自傷行為に走る。アイルランド出身で、ニュージャージー時代におそらく性的虐待を受けていた(実父か継父か母の恋人か分かりませんが)のではないかしら?とまでは想像できても、事実は明かされません。いくつかのほのめかしはありますが…。
妹シシーとの関係が少しづつ明かされることによって、ブランドン(兄)の嗜癖が、都市生活者の孤独な環境によって生まれた病理でも人格上の逸脱ではないことが分かってきます。肉親同志が求め合う自然な情愛と、彼が築いたガラスの境界線を侵犯してくる妹に対する激しい拒絶。最も身近な人間関係の愛憎を超えた“何か”が通奏低音となっていて、兄の依存は彼の深部に穿つ罪悪感を覆い隠すためのもののようにさえ思えてしまいました。
青みがかった硬質で冷ややかな映像の肌理にマッチするモダンなアパート。ベッドシーツもブルーでしたし。毎日、彼は妹からの留守電を聞き、その声を頼りに彼女の無事を確認しています。トイレのドアを開けたままで排尿してたのは、一人住まいの気楽さではなくて、妹の声を聴くためだと思うんですよね。と言っても、そう思えるのはこうやって映画を思い出しながら振り返っているからで、見ている時には全く気付いてませんでしたけど(笑)。この部屋を収めた構図が好きです。真っ白い壁が中央から少しずれた位置にデン!とあって、ブランドンはこの壁の周りを水族館の魚のように回遊する。妹の留守電を聞き、バスルームで抜く。決まりきった手順を儀式のように毎日、繰り返してたんでしょう。面白いなぁと思ったのは、会社のオフィスで、コーヒーのカフェインの有害性について指摘された後にトイレでマスターベーションをしていた事。ストレス(負荷)がかかるとやっちゃうんですよね。アダルトサイトも貧乏ゆすりしながら見てましたし。
誰にも知られたくない嗜癖を上司に知られてしまったブランドンは、依存から立ち直るべく、エロ関係のもの一切を処分し、以前から好意を寄せていた女性との交際に踏み切ります。が、それも不手際に終わり、欠如を埋めるために、さらなる深みに嵌っていく。セルフコントロール可能と思われた領域から転落した彼の相貌には、性の官能性が死の欲動へと近づくような倒錯的な快楽とは程遠い、苦行の表情が浮かんでました。世間一般では反倫理的で眉をひそめたくなるようなプレイをやっても、身体を貫く快感は軋むような痛みにしかなっていないように見えてしまう。男性の生理は女には想像すらできない領域があって、彼の苦痛をわが身に引き寄せてリアルに感じることがとても難しかったです。他の依存症とは違った痛みは何でしょうね、依存問題は社会的倫理や道徳感から照らし合わせて、依存/自律の二項対立に押し込められ、簡単に意志の弱い人間、堕落した人格と烙印されてしまう危険性がありますが、性の問題は他者との関係性やコミュニケーションにまで深く関わるものなので、一層難しいです。特にアメリカの保守層には性を巡る価値観は強固なものがありますし。視る欲望であふれた大都会で、彼の上司なんか妻帯者なのにナンパに精を出し部下の妹にまで手を付ける男なのにアダルトサイトはNGでしたもの。なんか変です。

■結婚指輪を外した女

地下鉄の同じ車両に偶然乗り合わせた女性。最初に彼女を視止めるブランドンは被写界深度の浅い画になっていました。会社の同僚を視てエロティックな妄想をする時も、同じく深度の浅いフォーカス。いまいち確証が持てないのですが、終盤、同じ女性と地下鉄で再会するシーンでは、被写界深度は深かったと思うんです。欲望するから視てしまうのか、視るから欲望するのか…視覚と欲望の関係性はちょっと棚上げにして(笑)、被写界深度を浅く見せているのは、自分本位の欲望のために視野が狭くなっているって事なんですよね、多分。対象以外目にはいらない、入れたくもない、それだけ純粋に欲望してるのでしょうけど…。それが同じ女性を視てもフォーカスは深くなってる。序盤でじりじりと射るように見つめ続けるブランドンの眼差しに反応した女が、脚を組み替えて挑発的な視線を送る。本作でここが一番官能的でした。この女性、金の結婚指輪をしていたんですが、2度目の再会の時には外してました。つまり、彼が“堕ちて”いった間に、彼女、離婚していたんですよね。殴られた際に出来た顔の傷がうっすらと残る彼の表情が何を意味しているのかは定かではありませんが、少なくともその場限りの情事ではなく、彼女とは継続的で安定した関係性を持てる条件はクリアしてる(笑)。男性からの熱い視線だけで身体の芯が火照るような経験をした女性の、ビビッドな口紅からこぼれる妖艶なほほえみは、さらなる深みへのいざないなのか、いったんは底を見たものが浮上するきっかけとなるものなのか…私は後者だと受け取りたいです。
現代美術を専攻した監督さんだけに、随所にスタイリッシュな画造りがみられます。バッハのゴルトベルク変奏曲と言い、これでもかと長回しを多用するのはこだわりあっての事なんでしょうが、力入り過ぎ感もあり(笑)。お気に入りは、シシーが歌うクラブのシークエンスです。テーブルを囲む3人の顔にさす柔らかな陰翳はとっても綺麗でした。DVDならこの黒はきっと潰れちゃうんだろうなぁ。。