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長ぐつをはいたネコ(ネタバレ)/Humpty Dumpty had a great fall


マザー・グース』に関して詳しいわけではないのですけど、本作と関係しそうだなと思われるものをあげておきます。

■ジャックとジル
http://www.youtube.com/watch?v=Uj951GuBEGE&feature=youtu.be

本作では荒くれ者の夫婦になっていますが、『マザー・グース』では兄妹と考えられる事が多いようです。
イギリスの格言に“Every Jack has (or must have) his Jill(どんなジャックにもジルがいる)”がありますが、「破れ鍋に綴じ蓋」と同様、どんな人にもそれ相応の配偶者がいる、似た者夫婦といったような感じでしょうか。シェイクスピアの『真夏の世の夢』第三幕第二場で、いたずら好きの妖精パックのセリフにも登場するようです。
Jack shall have Jill
Nought shall go ill
The man shall have his mare again, and all shall be well.
(下世話にも言うとおり、一人の男には一人の女、お目目が醒めたら、そう願おう。ジャックにはジル。そうしてめでたく幕を閉じる−福田 恆存訳)
何せ、凶悪夫婦でしたからね。吹き替えの声優さんの微妙な訛りが可笑しくって、ヒルビリー夫婦って名づけたいくらい(笑)。彼らが乗る馬車を牽いていたイノシシ(豚さんじゃないですよね)の赤い目が印象深かったです。見るからに凶暴そう…。
“A good Jack makes a good Jill(夫良ければ妻もよし−女は夫次第で決まる)”という格言も。

ハンプティ・ダンプティ

Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
Couldn't put Humpty together again.
(訳:ハンプティ・ダンプティは塀の上に座り、ハンプティ・ダンプティは勢いよく落ちた。王の馬を総動員しても王の家来を総動員しても元に戻す事は出来なかった)

「パンプティ・ダンプティ」ってなぁーんだ?。その答えは卵でしたっていう「なぞなぞ歌」なんですよね。一度割れてしまえば元には戻らない卵の特質を擬人化した唄は、ヨーロッパ各地に残っており、デンマークの「リレ・トゥリレ」、スランスの「ブール・ブール」、ドイツでは「ヒュンぺルケン・ピュンペルケン」などがあるそう。卵のイメージって面白いです。再生のシンボル(イースターエッグ)もあれば、神話世界に登場する宇宙卵(世界卵)も(平野敬一著『マザー・グースの唄−イギリスの伝承童話』を参照にしてます)

本作のハンプティ・ダンプティはプスと同じ孤児院育ち。強風の中、バスケットごと運ばれてきたプスは孤児院のママを本当の親のように慕ってましたが、ハンプティはそうじゃなかった。彼、自分が何者なのか、卵の形をしていても料理にも適さない自分とは一体なんだろうと悩んでました。共同体に対する帰属意識が漂流してしまっていて、まさに近代的自我の苦悩(笑)。だから、彼の計画は冷酷な共同体に対しての復讐でもあったんですよね。同じ孤児として育ちながら、ママとの紐帯を築けたプスと卵の違いは、終盤、転落によって仮の姿(卵の殻が割れる)が剥がれ、真の姿(金の卵)が現れた事によっておよその推測がつくんじゃないでしょうか。ハンプティが『ジャックと豆の木』伝説に執着していた理由、おそらく本人も気づかずにいた願望−彼は雲の上の王国に住むマザー・グース(ガチョウのお母さん)の子供で、彼の帰るべき本来の場所は雲の上なんだと。王国に忍び込むときに用意した金色のコスチューム、川に転落した時にその一部が膨らんでお風呂に浮かべて遊ぶラバーダックみたいに見えたんです、まるで金の卵を生むアヒルの赤ちゃんみたいでした。
ハンプティ・ダンプティ』の伝承から、既存の秩序や権威を解体し(王の権威や権力をもってしても覆せない)、新しい世界や生命の誕生を象徴する寓意を汲み取るのはさほど難しい事とは思えないのですが、ダークサイドに堕ちたハンプティが、プス達の命を救う為に自己犠牲の道を選択する事で、再度、彼を墜落させ、象徴的位相を反転(「転落」によって、卵の魂は本来の場所−雲の上の王国に「上昇」する)させて見せたのは、ちょっとキリスト教圏の教条主義寄りだなぁって、思えてしまいます。伝承や童話に通底するダークな部分をもっと盛ってください!って大人目線の我儘ですけどね。