読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ドライヴ(ネタバレ)/サソリのジレンマ

■幻の川、忘れられた森

ドライバー(ライアン・ゴズリング)とアイリーン親子がドライブしてた放水路は『ブルー・サンダー』や『T2』にも登場する映画ではお馴染みのロケ地。放水路=大雨の時にだけ現れる幻の川を遡って行くと、その先には誰も気にも留めないような森が残ってました。黄金色に輝く暖かな日の光に包まれ、開放感に浸りながら川遊びをする三人の姿は、ささやかな幸福を慈しむように過ぎ行く時間を共有する喜びで溢れてる。ドライバーが見つけた彼だけの秘密の場所なんでしょう、ビニール屑が木々に巻き付いてる、都会の片隅に息づくオアシスは、原初の手つかずの自然からは既に汚れてしまっています。ゆっくりと死に向かっていく森だからこそ、この地にドライバーは惹かれるのでしょうか。
ドライバーの過去は何一つ語られないものの、彼の暴力衝動や闇の仕事、皮の手袋をはめてから女を殴ること、返り血を浴びた顔面の異様さ等々、過去に相当ヤバい事やってきたんだろうなぁって容易に想像つきますけど、『タクシー・ドライバー』のトラヴィスが、孤独の深淵から生まれた暗黒神になろうとしていたのとはちょっと違う気がします。勿論、ドライバーも狂気の側に片足かけてはいるのでしょうけど。。アイリーンや特に彼女の息子に向ける眼差し−ハロウィンのお面を被り、一心にお絵かきしている幼い子供にも、父親不在の欠落が齎す 孤独の影は忍び寄っているのでしょう。それに食われまいと子供ながらに学んだやり方−彼の想像世界、自分が主人公になれる小さな世界−を持つことで対抗している。ドライバーも車の修理をやりますよね、まるで彼の壊れた心を修復するるみたいに…。孤独がこのふたりを引き寄せたんじゃないでしょうか。この二人の間でコミュニケーション=笑顔が成立した方のが、アイリーンより早かったはずです。
スタントマンとして被るラバーマスクは、俳優の代役だから固有の特徴を消した無名性が必要だからなんでしょうが、個性を主張する顔ががあらかじめ失われた上に、意思の伝達を可能にする「表情」も奪われてます。名無しで、単に「ドライバー」と呼ばれ、固有の名を持たない男が、固有性を主張する「顔」も消されてしまう。二重の無名性なんですよね、ココ、面白いと思いました。子供やアイリーンに向ける優しい表情と、暴力衝動を爆発させる狂気の間に、どこまでも主体が曖昧な領域がある。空疎と言ってもいいかも。。
アイリーンの夫の名前は「スタンダード」でしたよね。「標準」って、ずいぶん皮肉な名です。ありきたりのささやかな幸福の為に死んでいった男は、great(deluxe) どころかstandardにもなれなかったんですもの。「標準」になろうとした男が「名無し」と組む事で、死ぬ羽目になったんですよね…ふむ…。
もう一点、見た目の印象ならラバーマスクは、死者の仮面にも似てます。危険なスタントと死は相性いいでしょうし、ニーノ(ロン・パーマン)の店の中を覗く時に、わざわざラバーマスク被ってるんですよね。かつてはスタントマンだったシャノンの弔い合戦でもあるので被ったのかしら?と思っているんですが、気味悪いデスマスクみたいにも見える。死神にでもなったつもりだったのでしょうか。。
ロスに流れ着く前からすでにその手は“汚れていた”ドライバーが、愛した女とその息子の幸福の為にさらに多くの血を流していく。スタジャンの前面は血に汚されていくのに、背中にしょった「サソリ」は無傷のまま金色に輝いてます。血が流されれば流されるほどサソリはその生命力をたぎらせていく。サソリの性(さが)を背負った男は、彼自身(カエル)をも刺してしまうんですよね。ドライバーはカエルであると同時にサソリなんでしょう。


■出口は見えている、ただ私たちの間には昏い海が横たわっていて、渡ることが出来ない

アパートの同じ階に住むドライバーとアイリーン。二人が廊下で話シーンで印象深い所がありました。画面向かって左にアイリーン、右手にドライバーがいて彼の背後には「EXIT」の文字が。両者の間には波立つ昏い海を描いた一枚の絵が架かっていて、ここ、ニーノの死に場所となった夜の海にも繋がりそうな箇所だなあって…。暖色系と寒色系、かなり明確な色彩設計がされているので、このシーン、ちょっと気になるんですよね。。夜の海ってフェリーニの『道』で完全に刷り込みされてしまっていて(笑)、私にはとても怖い場所なんです。『死』と地続きにある場所に思えるんですよね。
夫の出所パーティーのにぎわいから逃れ、独り廊下で足を投げ出して座っていたアイリーン(キャリー・マリガン)の幼さと、ドライバーとのデートの為に髪を整える生身の女としての横顔。ファミレスの制服の赤い色。少女のような風貌が一瞬の内に老け込んだように見える箇所もあったりで、若手実力俳優同士のケミストリーはまずは成功してると思います。IMDB情報だと当初、スタンダード夫婦はヒスパニック系カップルとなっていたようで、コッチもちょっと見て見たかったです。18歳で子供を産んだ白人女性とヒスパニック系男性が現実の壁にぶち当たり閉塞していくどん詰まり感は作品の陰翳になっていて好きなんですけど。。
評判のエレベーターのシーンは、ライティングにも力入ってました。刺客に気付いたドライバーがアイリーンを庇い後ろ手で隠す。この時、アイリーンはいったん陰に入るんですよね。そしてキスする間に、どんどん照明は明るさを増し、天使の輪もクッキリ(笑)。秘めたる想いがクライマックスを迎える場面ですからから、煌々と光で満ち溢れてるのは分かるんですが、最初に暗くなる所をドライバーがエレベーター壁の照明をふさいだタイミングにぴったり合っていたならもっと良かったです。見ている時ちょっと混乱したんですね、はて、何故画面が暗くなったんだろうって…。
あと、そうですね、ドライバーと質屋強奪で組むことになった赤毛の女ブランチが良かったです。少々豊かな腰回り(上半身に比べておしりがでかい)をローライズのジーンズの押し込み、煙草を燻らせる蓮っ葉な姐さんが、質屋を襲う時の緊張から、シャツの裾を引っ張ってる仕草が可愛かった。短い登場シーンながらしっかり記憶に残った人です。反対にニーノの事はよく分かりません(笑)。ハードボイルドにはこの手の女性がいないとちょっと寂しくなります。
フラッシュフォワードの多用、ドライバーの顔とストリップ小屋(?)をディゾルブでつなぎ、銀のカーテンがさながらドライバーの涙のように見えるショット、影法師のバトル、楽曲の使い方等々、おしゃれですよね。ドライバーの過去を含め、説明を極力排した語り口は、因果関係を明確にしない事で不可抗力によって事態が悪いほうへ転がっていく悲劇性も。でも、完全に女目線なんですが男性のファンタジーとしてしか受け止められない限界もあります。アイリーンが夫殺しをそそのかすくらいの悪女なら、大好きになった作品です(笑)。