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アーティスト(ネタバレ)/大恐慌時代の守護天使

■You ain't heard nothin' yet!(お楽しみはこれからだ!)

サイレント(無声映画)から、トーキーへの移行を乗り越えられずに苦悩する映画スタージョージ・バレンティン(ジャン・デュジャルダン)と、彼にあこがれ、映画界入りしたものの彼と入れ替わるように(セットのような階段を模した二人の擦れ違いシーンは、本作の白眉のひとつ。凋落するスターとスターダムを駆け上がっていく女優を上下する位置で見せてる)トーキー映画のガーディアン・エンジェルとなったペピー・ミラーとの恋を絡めながら、映画史をなぞるようなお話。冷えきった妻との間で成立可能な言葉を見つけられない夫、勿論、妻の方もとっくに夫を見失ってしまって、いたずら書きばかりしてましたけど。。いくら夫婦仲が冷めてしまってるとは言っても、演技をしてごまかす夫なんて、絶対にやだ!(笑)。奥さん、きっと心の中で“まともに私と話そうともしないあなたなんて、犬と一緒よ。犬の方がまだ吠えるだけましだわ”って思っていたに違いない。夫婦間の事は、どちらかが一方的に悪いなんてことはないですけど、少なくとも彼女は夫の声、言葉を聞きたいと心から望んでいた時期があったでしょうに…。でも、夫が心を開くのは「犬」だけなんですよね。序盤、劇場で舞台あいさつに立つ共演女優に対する牽制も犬を使ってましたし、代筆サインは使用人にやらせるのに、犬の心の声を代弁=代筆は彼自身でする。スターとしてのペルソナと、それを支える「アーティスト(芸術家)」としての矜持がせめぎ合う中で、次第に言語情報だけではなく、コミュニケーションを成立させる方法を見失っていったんでしょうね。
トーキー映画に対する恐怖から、悪夢の中であらゆる「音」に追われ、自身は一言も話せない俳優。自ら監督した作品の中で、底なしの砂に脚をとられ埋もれていく主人公に、バレンティンの置かれた危うい状況を重ねて見ていたペピーは、オークションに出された品々を落札することで、秘密裏に彼を経済的に支えようとしますが、その思いやりは彼のプライドを傷つけるだけで(正直、こういう男の人はとってもめんどくさいですが…笑)彼を守りたい、力になりたいと望むすべての人に背を向け、自殺にまで自らを追い込んでいくようになります。が、そんな彼を救ったのも「音」でした。音に追い詰められた男がフレームの外にある作りものではないリアルな音によって救われる。字幕であらわされる”BANG!”は、ペピーが運転する車が木にぶつかった音と重なってます。彼が「音」に対して恐怖するのは、映画に関してばかりではなく、コミュニケーションの不毛が倦んだ音に対する不信感から始まっていると思うんですよ。できるなら、他者とのコミュニケーションを拒絶する「三猿の置物」みたいになってしまいたかったんでしょうけど、ペピーの天性の善良さと変わらぬ愛が彼を救います。愛犬のテリアと言い、ジェームズ・クロムウェル演じる忠実な使用人と言い、もう良い人ばっか(笑)。基本、悪人が登場しないおとぎ話みたいなものなので、ヘイズオフィスでも文句のつけようのない善良さで溢れています。ここまで徹底してると、逆に夢工場ハリウッドに対する何かの皮肉なの?と、勘ぐりたくもなりますが…。
炎の中、バレンティンが必死で守ろうとしたのが、ペピーとの間で、心が通いあう瞬間を結晶化したNG集を集めた可燃性フィルム。映画は商品として完成、流通した途端に、原則、完全な複製(コピー)商品になることが運命づけられてるメディアですが、市場には決して流通しないフィルムの切れ端が彼にとっての唯一無二の価値を持つようになります。終盤、トーキーだからこそ可能になったミュージカル映画で演じる、息の合ったタップダンスのが刻むリズミカルな音は、音が封じられていた後だけにとても鮮烈に感じられました。映画の中で息づく音は、信頼関係にある二人の間でのみ成立する言葉(言語)でもあるんですよね。ダンスの後の息切れしてる呼吸音は、フィルムの端っこにサウンドトラックとして刻まれていき、決して市場には出回らない、彼とペピーだけの新たなコレクションとなっていくのでしょうか。見栄えよく剪定されたフィルムの枠外に、トリミング不可能な俳優の生身の身体性が生々しく烙印される。映画産業の転換期にフィーチャーされる、時代の必然としての「音」を、ドラマへと昇華させる手法の鮮やかさは素直に認めたいですね。その為にこの時代を選択したのかしらん?と思えるほどでしたもの。劇伴以外、殆ど音が登場しない作品を音響設備の整ったシネコンで観る、ちょっと奇妙な体験として私の中では記憶に残りそうです。。監督の要求を破願の笑みで“喜んで“と受けられる様にまでになったバレンティンに、良かったね!と心の中で拍手しながらも、我儘な俳優のコントロールに苦労する製作者(監督やプロデューサー)の願望でもあるんじゃないかと、邪推したくなる箇所も(笑)。あと、そうですね、ジェームズ・クロムウェルが、車に寄りかかりながら、バレンティンからの「声」を一晩中待ってる姿には、萌え!ました。この俳優さん、好きなんですよ。おじいちゃん好きには堪らない。。