ミッドナイト・イン・パリ(ネタバレ)/二人で雨の中を散歩できるのなら、カボチャの馬車はもういらない

■過去は、偉大なカリスマ
12時を告げる鐘の音と共に現れた年代ものの黄色いプジョーに乗って、ギル(オーウェン・ウィルソン)はあこがれの1920年代にタイムスリップします。ガートルード・スタインキャシー・ベイツ)の文化サロンに出入りする、ピカソやジャン・コクトーシュルレアリストのダリやマン・レイルイス・ブニュエルアーネスト・ヘミングウェイ、F・スコット・フィッツジェラルドゼルダ夫妻らアメリカ人も加わり、文化、芸術の一大拠点となっていたパリの街。ビルはこの「失われた世代ロスト・ジェネレーション)」にすっかり魅了され、婚約者のイネズ(レイチェル・マクアダムス)をほったらかして、夜毎出かけていく。リアリストのイネズとロマンティストのギルは水と油くらい合わないのに、このふたりが一瞬でも惹かれあってしまうのが恋の不思議さです。ギルは、20年代に生きる、深夜にしか逢えないアドリアナ(マリオン・コティヤール)に恋をしたものの、彼女は彼女にとっての黄金時代「ベル・エポック」を選択し、その時代の人となり、ギルとは別れる。、一方、イネズは両親との買い物や観光の合間に、ペダンティックで鼻持ちならない割には、ひけらかす知識に穴がある大学教授ポール(マイケル・シーン)とちゃっかり浮気していたことがばれて、このご縁はなかったことに…。独りパリに残る事となったギルは、コール・ポーターをこよなく愛し、雨の中の散歩が大好きなガブリエル(レア・セドゥー)と12時を告げる鐘の音の中、偶然にも再会し、趣味の合う二人が雨の中を幸せそうに歩いていく所で、映画は終わります。これって、一時の情熱で突っ走ってみたものの、愛を実感できない男が、紆余曲折の後、女は金や地位、セクシーボディじゃない、趣味が合う、似た者同士が一番!と学習するお話で終わっちゃいそうなんですが、それではちょっとつまらないので、妄想します。
便宜上、タイムスリップとは書いたんですが、彼が夜毎転送されていた「過去」は、ちょっと不思議なんです。最初の夜、ヘミングウェイに見せる為に、書き溜めていた小説の原稿を取りに戻ろうとしたら、辺りはすっかり現代のパリ市内に。今までいたはずの20年代のシックなバーは無味乾燥としたコインランドリーに替わってしまう。次の夜、彼を迎えにきたプジョーにはヘミングウェイが既に乗っていて、前夜の話の続きから、ガートルード・スタインのサロンへと案内される。その次の夜には…といった具合に、単純に過去に戻っているだけではないですよね。仮説ですけど、夜中の12時に現れるギルの黄金時代は、書物等から得た知識やそこからのイメージで構築された「虚構」の世界ではなかろうかと…。永遠に彼にとっての黄金時代の「一夜」を再生し続ける空間。面白いのは、彼がこの世界に関わる度に、都合よくデータが上書きされていくんです。過去に戻る度に、過去の時間が現代の時間の流れと同調して更新されてるんじゃなく、彼の干渉によって変化する世界。歴史あるパリの街の持つ魔力なんでしょう、同じ時間軸にある過去への転送ではなくて虚構(夢)なんですよね、多分。
現実と虚構が混ざり合うメタフィクション的なウディ・アレン作で真っ先に思い出すのが『カイロの紫のバラ』。スクリーン(虚構)の登場人物が現実世界へと越境してくるお話でしたよね。辛い現実を一時でも忘れるために、映画館に通い詰めていた女セシリア(ミア・ファロー)が本作のギル、彼女のろくでもない夫がギルの婚約者イネズ。映画の中から出てきたスター、トム・バクスターがアドリアナ。『カイロの紫のバラ』では現実世界に虚構が越境してきたのに対し、本作では虚構世界へギル(現実)が越境します。セシリアは虚構世界のトム・バークスを退け、トム・バークスを演じていたギル・シェバード(ジェフ・ダニエルス)との未来を選択しますが、彼の裏切りに会います。失意の彼女は、再び夢見るために、虚構世界=映画館へと戻っていく。アメリカ人観光客で、虚構世界に迷い込んだ、二重の意味において「旅人」だったギルは、アドリアナにとっての黄金時代−ベルエポック(虚構の中の虚構といった多層構造になってる)の世界で登場する、ロートレックゴーギャン、ドガらが口をそろえて彼らにとっての黄金時代=ルネッサンス期に憧れている事を知って、過去を美化し、現実と向き合えない自分に気付く。夢はいつしか覚めてしまうもの、この苦い諦観によって、ギルは「旅人」の衣を脱ぎ去り、現実世界へと名実ともに戻っていきます。

一番面白かったのが、エイドリアン・ブロディが演じたサルバドール・ダリの場面。“ダリ”と犀を連呼してるだけなんですけど(笑)。映画の後、帰りの車の中で、マネして遊んでました。ほんと楽しそうに演じてましたよね。ルイス・ブニュエルにギルがアドバイスしたのは『皆殺しの天使(1962)』だそう(私は、未見ですが)。てっきり『ブルジョワジーの秘かな愉しみ(1972)』だと勘違いしてました。。