ダークナイトライジング(ネタバレ)/人は何故落ちる(堕ちる)のか?それは這い上がるためだ

※『バットマンビギンズ』『ダークナイト』のネタバレ、含みます。

■1200万人収容の奈落

ブルース・ウェインクリスチャン・ベール)がべイン(トム・ハーディ)との地下でのバトルの後、背骨を損傷し、放り込まれたのがこの世界のどこにあるのかも定かではない“奈落”と呼ばれる場所。『バットマンビギンズ』にも登場するウェイン邸内にある古井戸とそっくりなんですが、希望=井戸の底から見上げる空は見えるのに、閉じた空間からは出られない(あるいは這い出ようとする意志が挫かれてしまう)−このモチーフは作品内で何度も反復、変奏されてるんじゃないでしょうか。

ブルース・ウェイン> 場所:再建した屋敷内 
「偽りの希望」をゴッサムに残すために、デントの犯した罪を被り、バットマンとしては事実上活動できなくなっている上に、身体はボロボロ。最愛のレイチェルとの思い出(レイチェルはブルース・ウェインを選んでくれたと思ってる)をよすがに、ブルースは屋敷内の塔に「引き籠って」ました。ウェイン産業の収益の半分を注ぎ込んでいたクリーンエネルギー事業くらいしかもう彼には関心がない。引き籠り状態から外の世界にウェイン及びバットマンを引っ張り出したのはミランダ・テイト(マリオン・コティヤール)とセリーナ・カイル(アン・ハサウェイ)のダブルヒロインと、ゴードン(ゲーリー・オールドマン)、ジョン・ブレイク(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)。そこにべイン達の動きが加わって、ルーシャス・フォックス社長(モーガン・フリーマン)の協力を得て、バットマンとして這い出て来る。

ブルース・ウェイン> 場所:べインによって落とされた奈落
煽動された一部市民が暴動を起こしゴッサムはべインたちの手に堕ちる。その様子を奈落の底でTVを通して見せられる苦痛を味あわされていた。ウェインの希望となるのは子供が一人、この奈落から抜け出した、半ば伝説となったお話。これは「偽り」ではなく「真実」でした。ウェインは牢獄の賢者(お医者さん)のアドバイスを受け、二度の失敗の後、怒りでもなく死の恐怖を退けるのでもなく、死への恐怖を感じる事=命綱なしで脱出に成功。

<ミランダ・テイト> 場所:ウェインが入れられたのと同じ奈落 
医者が鍵をかけ忘れたために、母親は囚人に襲われ(多分、レイプ)殺された。子供まで襲おうとする囚人から彼女を守ってくれてのがべイン。命綱なしで無我夢中で井戸を登り、脱出に成功。

<べイン> 場所:ミランダと同じ奈落 
彼女を助けるために奈落に残った。後日(数年後?)ラーズ・アル・グールの手によって助け出される。彼自身の力で這い出たわけではない(疫病に罹り弱っていたから?)。ビギンズ版の少年ウェインと一緒。父(父的存在)によって助けられる。

<セリーナ・カイル> 場所:ゴッサム
犯罪歴がデータベース化され情報公開されているので、容易に検索されてしまい足を洗おうにも(まともな仕事につきたくても)過去が邪魔してそれが叶わない。犯罪歴を抹消できる「クリーンスレート」が彼女の“脱出口”

<ジョン・ブレイク> 場所:ゴッサム 
彼がちょっと、分かりにくいです(笑)。この際だからこじつけちゃおう。。スクールバスに乗せた孤児院の子供たちを、唯一残った橋から避難させようとして、ゴッサムを監視していたアメリカ政府によって阻まれる所かなぁと…。希望は子供たちでしょう?社会のシステムや法が「枷」となってブレイクを阻む。このことがあったから彼は警察を辞めたんですよね。

<ゴードン本部長> 場所:ゴッサムの病院
『ダークナイト』に登場したジョーカー(ヒース・レジャー)によって堕ちたデントの罪を、バットマンが望んだこととはいえ、おっかぶせてしまった事を、8年間ずっと悔やんでました。べイン達に撃たれ収容された病室のTVでバットマンが現れたことを知った時のうれしそうな表情ったら…。ゴードンにとっての希望はバットマンであり、この後、彼は立ち直ります。べインからの刺客二名をさっさと始末して、ブレイクに“行くぞ!ルーキー(だったかな?)”と声をかける。優秀な警察官としての誇りとやる気を取り戻したみたいでしたよね。

<ゴッサムの市民> 場所:アメフトのスタジアム
最もアメリカらしいスポーツであるフットボール・スタジアムで、アメリカ国歌が流れる中、べインによってスタジアムは陥没します。中性子爆弾を無力化できる唯一の人物、核物理学者のパヴェル博士を大衆の面前で殺し、市と外界を結ぶ橋やトンネルを破壊、ゴッサムを孤立させる。1200万人の中のひとりが起爆装置を持っていて、ひとりでも市民が逃げ出せば、核爆破が起きると宣言。政府(大統領声明)は“ゴッサムを見捨てない“と偽りの希望を掲げるだけ。これって、1200万人収容の巨大な「閉鎖空間」=「奈落」を作った事と同じですよね。1200万もの人を輸送(移動させる)する道路等が分断されている上に、核の恐怖が縛りとなり、政府もゴッサムの住民も身動き取れなくなってしまう。
ジョン・ブレイクが育った孤児院では、数年前からウェイン財団からの寄付が激減。ブルースがクリーンエネルギー事業にお金を回してしまったからでしょうけど、裕福層からの寄付に頼るしかない孤児院は、16歳を過ぎた子供たちを置いてはおけず、孤児院を離れた子供は、食べていく為にべイン達の「地下」で働いてました。お金持ちは社交生活に明け暮れ、そこに市の権力者の姿を見つけるのは簡単です(議員や市長さん達)。階級格差はスタジアム陥没の前から富裕層(地上)と貧高層(地下)と可視化されていたのにもかかわらず、それを気に留める人がいなかったんだと思います(本来ならマスコミの役目なんですけど)。デント法の制定で、組織犯罪が激減し、ゴッサムは見かけだけの「平和」を享受していたんでしょうから。。
べインは自ら“解放者”を名乗り暴動を扇動しましたが、彼の目的がそこにない事ははっきりしています。黒幕(ラスボス)のミランダ・テイト同様、彼らは「ラーズ・アル・グールの教え」通り、解放のための革命を隠れ蓑にしてゴッサムが堕落し、正義の「光」が届かない、腐敗した民衆の都市であると裁きを下せるだけの状況を意図的に作り上げたんですよね。その上で“世界の均衡(バランス)”の為にこの街を滅ぼすのが、彼らの正義。とんでもない思想ですが(笑)。奈落の井戸に落とされたブルースの前にラーズ・アル・グール(リーアム・ニーソン)の幻影が現れた時、“不死身にはいろんな形がある”と、ちょっと面白い事言ってました。ラーズ・アル・グールというのは、一人の人間を指すのではなく、指導者に受け継がれていく思想みたいなものなんでしょうか。。
警官3000人を地下に埋め、組織だった抵抗が出来ない状況をまず作る。べインは“俺は征服者ではない、解放者だ!”と激を飛ばし、貧困層を炊き付け暴動を画策します。持つ者と持たざる者の格差は、富裕層を排除できれば抑圧から解放される−社会的にも経済的にも抑圧されてきた人たちを解放するために、暴力を正当化する集団的幻想へと飛躍。暴力の嵐が吹き荒れた後、べインは次のステージへと「計画」を実行していきます。暴動鎮圧の名目で戒厳令を決行、警察よりはるかに強力な監視体制を敷き、おそらく密告も奨励したんでしょう、核の恐怖の前にすくみ上っている住民達に互いを監視させる。それでも抵抗しようとする者は人民裁判にかけ、殺していく。スケアクロウキリアン・マーフィー)が、楽しそうに裁判官やってましたけど、上着の肩の辺りがほつれていたのは、もう彼がすっかり壊れちゃってる(狂ってる)ということなんでしょうか。。
小心者なのに出世欲だけはある副本部長(マシュー・モディーン)が、一般的市民像なんでしょう。彼は制服を脱いで、お家の中に篭ってましたから。。残った警官たちも“警官狩り”によって、個別に無力化されていく中、地下に閉じ込められた警官たちには地上に残ったジョン・ブレイク達が連絡を取り、食料や水を秘かに渡してました。フランス革命時の恐怖政治、アーリア人至上主義の名の下に行われたナチスの民族浄化スターリン主義における反革命分子の大粛清等、連想してしまいます。

■白チョークで書かれたバットマーク

超法規的活動を前提とした自警行為を行うバットマンは、常に社会的正義と法秩序の間で引き裂かれ、時にその矛盾点さえ炙り出す存在になってしまうと思います。『ダークナイト』でジョーカーに追い詰められたバットマンは、ウェイン産業が開発した一般市民を盗聴、監視出来るハイテクシステムを使用。そこに、9.11以降、アメリカを蔽ったテロに対する恐怖の反動でもある「息苦しさ」を見出すのは容易ですが、この時、ブルースを諌めたのがルーシャス・フォックスだったんですよね。彼の倫理観は『ダークナイト』の中では一本、筋の通ったものになっていたと思うんですが、本作ではイマイチよく分かりませんでした。悪人の手に渡らない様、ハイテク兵器のプロトタイプを保管していたのがルーシャス。その武器庫をべイン達に奪われてしまってます。”便利なものは武器にもなる”とブルースが話してましたけど、平和的利用の筈だった核融合炉が中性子爆弾にされてしまったり、べイン&ミランダの計画は、既にゴッサム内に存在し、他者から「隠されていた」ものを有効利用していると見えちゃうんですよねー。この辺りがどうにもすっきりしなくって…。
後、そうですね、黒幕ミランダの描写、ちょっと少なすぎませんか?大金持ちの投資家をウェイン財団の取締役につけるために、ブルースを破産に追い込む計画は分かるんですが、何故、ベッドインしなくちゃならないの(笑)。この辺りもう少し、丁寧に見せて欲しかったです。マリオン・コティヤールは出産間もない時期に撮影に入ったそうなので、やりたくても出来ない事情もあったのかしら?とは思っているのですが、もうちょっと描いてあったら、 ラーズ・アル・グールの血を受け継ぐ女ゆえに背負わなければならなかった彼女の哀しみみたいなもの、伝わったと思うんです。べインに対する態度は女王様にしか見えん(笑)。彼女がブルースの鏡像だと思うんですよ。どちらも偉大な親を持ち、その親を殺されている。例の“奈落”から這い出るのに成功したのもこのふたり。ミランダは「復讐」の道にそれちゃいましたが…。かりそめの希望を与え、苦しみを長引かすために生かしておき、その後で絶望の淵に叩き落とす“ナイフはゆっくり刺すのが一番痛い”の人ですもの。私の中では、マリオン・コティヤールは『インセプション』に続いてナイフ(刃物)使いのイメージになってしまいました。ミランダのパートはほんとに惜しいです。。

☆☆☆
IMAXで、3回目観てきました。夫がこのシリーズ大好きなので、ココで嫌がらずにお付き合いしておけば、私の好きな映画に誘っても、彼、断れなくなりますから(笑)。
映像の細部までクッキリ見えるのは当然なんですが、もうホントに音が凄い!です。アルフレッドがブルースの屋敷を去る際の一連の会話、マイケル・ケインの息遣いまではっきり聞こえます。彼、ブルースがボロボロになっていく様子をそばで見守る続ける事が、自分の事以上に辛かったんでしょうね。。終盤のバットマンの手裏剣の音とかも凄かった!
そうそう、一点だけ訂正してきます。べインの演説中にインサートされる地下の閉じ込められた警官達に地上から荷物(食料等)が届く映像があったんですが、ジョン達ら、地上に残った警察官が秘かに援助してると思っていたんですけど、多分、食料等を届けてるのはべイン側の方だと思います。『希望』を奪わずに最後に叩き落とす為でしょう。奈落の井戸に収監された人たちにも、映像にはありませんでしたけど食料や水等は外部から届けられていた筈ですから。そうでないと、囚人全員が死んでしまいます。(2012 8・24 14:27)

☆☆☆
DVDの特典映像を見た後の感想、追加しました(2013/01/17)
http://d.hatena.ne.jp/mina821/20130117/1358413099