最強のふたり(ネタバレ)/たくさんの眠れぬ夜が教えてくれた


■安全のための先導車はもういらない


パラグライダーの事故による頸髄損傷で首から下が麻痺した大富豪のフィリップ(フランソワ・クリュゼ)と、宝石店強盗の前科のあるスラム育ちのドリス(オマール・シー)との友情物語です。鑑賞中に大笑いが出来て、観終わった後、お風呂上がりのようなさっぱり感を味わえるとても気持ちの良い作品。ちょっと甘口ですが…。第85回米国アカデミー賞 外国語映画賞のフランス代表にも選ばれましたね。

うっとりするようなフォルムと最高のエンジン音(←だそうです。私はあまりよく分からないのですが)マセラティクアトロポルテに乗って、疾走するフィリップとドリス。車椅子が楽に積める介護専用のバンよりもスポーツカー、安全性よりもスピード重視で車椅子を改造。節度ある友情をしたためた手紙を送るまどろっこしさより、好きな女には速攻、電話を掛けろ!生まれも育ちもまるで違う者同士の接触で、フィリップは身体麻痺だけではなく、彼を呪縛していた様々な枷から自分を解放していくんですね。持ち物に仕込み杖やらナイフ類が出てくる、亡き妻の思い出の品までくすねてしまうドリスを身近においておく不安は、自由に動ける健常者よりもはるかに強い筈でしょうが、彼を病人扱いしないドリスを誰より認めています。一番好きな場面は、幻覚痛で一人ベッドで苦しんでいたフィリップを、夜明け前のパリの街にドリスが連れ出すシークエンスです。孤独と不安で押しつぶされそうになってもじっと耐えるしかない彼を、マリファナ煙草を与え、彼を縛り付けているものからほんの少し逸脱させてやる━痛みの為に眠れぬ夜を過ごした事は数えきれないくらいあったでしょうから、このささやかな「短い旅=トリップ」は、観ている方も胸開かれるような思いがしました。
後、そうですね、ドリスが素行に問題のあった弟と一緒に仕事帰りの母親を駅に迎えに行くシーンも好きです。一日の仕事を終えた母親の前に現れたドリスは、無言のまま、彼女の荷物を持ってあげる。母親も何があったのかも聞かない。顔を見せてくれるだけで十分なんでしょう。彼女、一時の感情でドリスに辛く当たったこと、分かってるから…。薬の売人からどうやら絞められたらしい弟の代わりに、話をつけてやったのもドリスでした。複雑な家庭環境で(ドリスは両親と血の繋がりはない)、父親は妻子を残して遁走してしまったのか、全くその姿が見えない。幼い兄弟の為に彼が父親代わりとなり、その責任まで負わなければならないんです。フィリップとの関わりで、ドリスも変化が起き(駐車違反の車を注意する際の変化)、随分と紳士的になりました。何よりも大事なのは母を助け、家長としての責任に目覚めた事でしょうか。。フランス、特にパリ周辺の公営住宅の移民問題は、単に貧困だけでは片づけられない根が深い所があって、それを扱う作品ではないのは十分承知してますが、この点をもう少し踏み込んであればもっと好きになれたかも知れない。。