サイド・エフェクト(ネタバレ)/私の明日を取り戻そう

■毒の霧

スティーヴン・ソダーバーグ最後の監督作(になるらしい)という事で、事前情報を全てシャットアウトして観て来ました。製薬会社の不正を暴く社会派ドラマかな?と思っていたんですが、新薬の副作用を巡る陰謀に追いつめられていく精神科医ジュード・ロウ (ジョナサン・バンクス博士 )が、その専門知識と権限を最大限に利用して、彼を陥れようとしたファムファタールを破滅させる、サスペンス・ミステリーでした。『インフォーマント!』、『 コンテイジョン』 に続いてコット・Z・バーンズが脚本を担当しており、このコンビの時は、私はものすごく相性が良いんです。

フィルター使いのソダーバーグらしく、ルーニー・マーラ (エミリー・テイラー )が情緒不安定になる場面や薬の副作用による異常行動をとるシーンで、黄色のフィルターが数回、使われてました。これは観客に対する一種のミスリードで、何せミステリーですからね、後に、エミリーの鬱症状はすべて彼女のお芝居だったと分かるのですから。。
「黄色」は「詐欺(騙す、騙される)」の色ってイメージを持っていて、一見、小動物のように繊細(ベッドに対角線で寝入ってしまう所、かなりきました!)で守ってあげたい女の代表格のようなエミリーが、薬の副作用で徐々におかしくなっていく、その不安定感を煽る色が、実は最初から彼女の本性をも表してたんだなぁと。。
豪華ヨット上で、鏡を通して歪んだ虚像をエミリーが見てしまう所なんかもそうですね。薬の副作用かと思わせておいて、実は鏡像=虚像ではなく彼女の正体(実像)だと分かる。ミステリーの愉しさは、作り手の仕掛けを見つけていく面白さにあると思ってるので、出来ればもう一回観たかったくらいです。
ダブル・ヒロインどころかダブル・ファムファタールが登場する上に、サスペンスとくれば、デ・パルマになりそうな所を(笑)、さすがに品良く納めていますね。過剰も欠落もない、状況を的確に演出していく手腕は、ソダーバーグらしい低体温ではあっても、やはり上手い!です。私の中では、ソダーバーグ監督は、映像言語そのものよりもその流麗な文体、リズムが気になる方で、本作でもシークエンスや登場人物が入れ替わる際に、わずかにセリフを先行させて独特のリズムを作っていく所なんか、めちゃ好みです。
叙述ではなく、ただ物事をあるがままに提示する為に、電子音の劇判のみの映像だけで音響(ポリフォニー)を退けるのも良いです。上手く言語化できないんですが、例えば小説を書く上での技法を独自のやり方で映像に置き換えてるんでは?と思える所があるんですね。ソダーバーグ関連の本って読んだことなくて、とんでもない事書いてるかもしれませんが…。もし、良いテクストがありましたら、ご教示願えれば幸いです。。

美大出身で広告代理店に勤務。株のインサイダー取引で夫が収監されるまでは、豪華ヨットに高級リゾートでのスキーと、絵に書いたようなバブリーな生活。エミリーは夫を愛してたんじゃなく、夫との結婚でいったんは手に入れた「生活レベル」を取り戻したいだけだったんです、彼女の理屈に従えばですけど。。
一方、精神科医のジョナサンは、妻が失業(終盤、再就職してましたが)、義理の息子はお金のかかる私学だし、マンハッタンにあるコンドミニアムは購入したばかり。製薬会社からのキック・バックなしにはローンも払えない状況で、過去に患者とのトラブルもあった、それなりの汚れ、胡散臭さが纏わりつく小市民的男。実直で初心な男が毒婦に一方的に嵌められたとはお世辞にも言えない。終盤、彼が失ったものを取り戻すべく反撃に転じ、「一事不再審(二重処罰の禁止)」の原則から法で裁けないエミリーを精神病院送りにし、一生薬漬けにして廃人同様にしてしまうラストには、復讐劇のテンポの良さにスカッとしながらも一抹の不安を感じたのも正直な所。エミリーとジョナサン、どちらも失った生活=私の明日を取り戻そう*1としてるという点では同じなんです。ファムファタールが敗北する瞬間に映画のカタルシスはあるので、エミリーとキャサリン・ゼタ=ジョーンズ( ヴィクトリア・シーバート博士)がそれぞれ自己保身に走り、互いを裏切る展開にはゾクゾクしましたが…。
エミリーの最後のセリフ、看護人に気分はどうかと聞かれ”いいわ、ずっといいわ”と感情の籠らない返事をした後、カメラはズームアウトして、無味乾燥とした精神病棟の外観からマンハッタンへパンします。これは冒頭、エミリーたちが住むマンハッタンの高級アパートの外観へとカメラがズームするシーンと対になっており*2、事件の出発点と終点を結ぶだけではなく、ひょっとしたらエミリーにとって、自分を偽り、愛してもいない男との高級アパートでの暮らしと、精神病棟で薬漬けになる生活とはそう違いがないんじゃないか?とちょっと考えてしまった所です。夫と共に都落ちする惨めさを回避できて、尚且つニューヨークを離れずに済むんですから…皮肉な結果ですけど…。

今を時めくチャニング・テイタムが、序盤早々に殺されて退場してしまうのも可笑しかった。なんて贅沢な使い方。。彼の母親役にアン・ダウト、ジョナサンの妻役にヴィネッサ・ショウ、どちらも好きな女優さんなのでその分愉しめて得しました。キャスティングはこれ以上ないくらい嵌ってると思います。ルーニー・マーラが今後、どんな作品選びをするか、楽しみですね。キャサリン・ゼタ=ジョーンズ姐さんの「へ」の字眉には魅入ってしまいました。物差し持って眉と眼孔の間、一体、何センチあるのか測ってみたくてしょうがない(笑)。

*1:劇中、インサートされていた新薬アブリクサのCMコピーが「アブリクサで明日を取り戻そう」でした

*2:この箇所、既に指摘されてる方がいらっしゃいました。被ってしまってごめんなさい(ぺこり)。http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130910/1378816394 "牢獄、そして心の檻へ"『サイド・エフェクト』 10/2 追加