クリスマス・ストーリー(ネタバレ)/我らは影(we shadows )

■皆様方がもしお気に召さずば、ただ夢を見たと思ってお許しを

原題は“UN CONTE DE NOEL“で、そのまんまのクリスマスのお話。群像劇を得意とするアルノー・デプレシャンの、現地点での集大成と言えるんじゃないでしょうか。多彩な語り口、OPの影絵から始まって、劇中劇、カメラ目線のひとり芝居、手紙等で物語の語り部を次々に移行させる等、もうこれだけでお腹いっぱいになりそうなんですが、その上にデプレシャンですもの、長尺(150分)です。
クリスマス・シーズンに久しぶりに集まった家族、それぞれが問題を抱えながらの再会には、一筋縄でいかない家族の歴史、血の重みが圧し掛かっていて、中でも、脚本家として成功している長女 アンヌ・コンシニ (エリザベート)から追放された マチュー・アマルリック(アンリ)は、何とも微妙な立場でこの行事に参加します。対抗策としてカトリックの家にユダヤ教の恋人 エマニュエル・ドゥヴォス(フォニア )を伴うという奇策に出る(笑)。
母カトリーヌ・ドヌーヴ (ジュノン)が白血病を発症し骨髄移植が必要となり、一族の問題児ではみ出し者アンリと、エリザベートの息子で精神のバランスを崩してる エミール・ベルリング (ポール )が適合者と判明。
この聖家族には同じ白血病を発症した長男のジョゼフを救う為に、骨髄提供できる(その可能性のある)息子たち(アンリ、イヴァン)を産んだ黒歴史が横たわっていて(この事実を脚色せずに息子たちに伝えてるこの夫婦もすごいですが)、それでも救えなかったジョセフに対する喪失感が、家族間の位相を決定づけてしまったような所があるんですね。
長男を喪失した痛みが、余計者となってしまった次男、三男の立ち位置(ポジション)として固定され、そこから逃れられている長女エリザベートは、余計者とは違う立ち位置を与えられた者が背負ってしまう過剰な責任感に囚われて、人一倍アンリを嫌います。
彼女の職業が脚本家というのは面白いですね。「聖家族」の物語(勿論、中心は聖母である母親ですけど)の筋書きはエリザベートが負うところが大きいんじゃないかと思います。そんな彼女でも、息子の問題では自分の演じるべき筋書きが全く見えていないんですよ。
繊細で複雑な家族間の揺れ動く感情を駆動力に巻き起こる騒動を通して『家族』という厄介なもの、その煩わしさ、愛おしさが不意に胸に迫る瞬間があり、何の変哲もない工業都市を包み込む、聖なる季節だけの特別なお化粧=雪が降り始める頃には、一族の持て余し者トリック・スターのアンリが壁を下り始めるのをハラハラしながら見守るようになっちゃいますから…。マチュー・アマルリックの魅力はアルノー・デプレシャンと組んだ時が最高ですね。
ジュノンとアンリが病院の無菌室で戯れている画なんか見てると、長男を失った罪悪感*1から解放されたジュノンは、息子アンリの骨髄で新たに生まれ変わった赤子のようでしたもの。家族の構成(要員)は変わらずとも、それぞれが演じる役割は水の流れのように絶えず変化していく、長男を救えなかった過去の歴史は、長い月日を経て、母ジュノンが救われることで更新されたんですね。
ラスト、パリのアパルトマンで、カフェオレのカップを持ち、幸福そうに朝日を浴びているエリザベート(季節は夏あたりでしょうか、この頃には母の健康状態も、息子の問題も解決してるんでしょうね)のセリフは、シェイクスピアの『真夏の夜の夢』からです。家族は一つの舞台を演じる役者で構成されていて、舞台=虚構によって救われることもある。アベル家に伝わるオオカミ退治の秘儀(笑)、子供たちの演劇、母ジュノンがでんと中央に陣取り、家族で『十戒』を見る恒例の行事(ココにアンリの彼女がいたらどうなったんでしょうか)と、映画内で虚構があちこちに組み込まれています。アイリス・ショットの多用(デプレシャンはトリュフォーにリスペクトされてるのでその影響かもしれませんが)で強調される章仕立て構成も印象的でした。
家族の集まりにしぶしぶ参加しているイヴァンの妻キアラ・マストロヤンニ(シルヴィア )といとこのシモンにも、等しく光が当たる(主人公となれる)パートが用意されていて、長年、彼女を密かに愛し続けてきたシモンに、一夜だけその願いを叶えられる「奇蹟」が起きます。全てを記憶すべく、芸術家らしく繊細な手つきで彼女を抱くシモンにはグッときました。これで彼は幸せなんでしょうね。シルヴィアも、シモンと寝ることで夫への愛を再確認できたようで、見違えるように生き生きしてましたし…。
二人が眠っているベッドに子供たちが突入するのは、とっても複雑な気持ちでしたが。この子たち、将来、この光景を思い出したらどう感じるんでしょうかねぇ。フランスは既婚者の色恋沙汰には寛容なお国柄なので、ウチの母親にもそういう過去があったんだくらいで済んじゃうのかも。。


   

*1:母ジュノンが白血病を発症した事が、長男の死との因果関係と結びついてしまう。母の遺伝形質を息子が受け継いだから死んでしまった、あの子を殺したのは私のせいだと考えるでしょうから。