悪の法則(ネタバレ)/ルビコン川はどこにでもある

■「悲しみ」は交換できるものがない

キャメロン・ディアス (マルキナ )の背中の片側だけにある、チーターの被毛とよく似たタビーのタトゥ、同じくチーターの黒いティアーズラインに似せてるんでしょうか、目頭に深く切り込みをいれたアイライナーが印象的なアイメイク、シルバーのマニキュア等、彼女は「チーター」なんですね。身体に比べて頭部が小さいチーターのイメージは、キャメロン・ディアスの見事な8頭身とぴったり重なります。ハビエル・バルデム (ライナー)の回想シーンに登場するフェラーリも、ボディの色(黄色)から考えても、おそらくチーター(のまがい物)で、元ダンサーの彼女がタビ―模様のドレスを纏い、車のフロントガラスを舞台に見せた 「ショー」は、マルキナ=チーターの自慰なんでしょう。 その解剖学的器官(婦人科みたいだと話してましたが)をライナーは「catfish(ナマズ)」と表現してました。マルキナの表象は露骨なまでに「チーター(ネコ科)」で固められてるんです。
アムステルダムのダイヤ商(おそらくユダヤ系)が話すダイヤの寓意、マルキナに惚れているライナーは道徳的ジレンマに対する決断の必要性を語りつつ、もう一方で『砲艦サンパブロ』のスティーヴ・マックィーン*1にあるようなロマンチシズムを捨てきれず、修道院でさえ暮らせると豪語していたブラッド・ピット (ウェストリー)は、絵に書いたようなハニー・トラップに嵌られて死亡。終盤登場する麻薬カルテルの大物、弱肉強食の掟の頂点に君臨する王者は、この世界の成り立ちに関する哲学を勝者のみに許される皮肉な慈愛*2を混ぜながら滔々と披露する、およそこの物語の男たちはそれぞれの人生から削りだした「物語」=言語の世界を持ってるんですね。グロテスクに歪んだ、バロック的な個々の韜晦や哲学は、互いの世界からは見えない、常に隠されているんです。道路に張り渡された一本の「透明」な糸によって、バイクに乗った青年の首が簡単に切断されるように、「境界」は、決して見ることのできない細い線によって、ある日突然、起ち現われるのでしょうか。
弁護士 マイケル・ファスベンダー らが仕組んだヤバい儲け話を横取りしようとした(最終的にコカインは麻薬組織の手に戻り、マルキナが得たのはウェストリー の口座から奪った2000万ドルでしたが)マルキナにも物語の断片はありますが、あまり語られない(本人が語らない)分、サバンナの捕食者チーターの表象が前景化されていて、くっきりキャラ立ちしていますね。彼女の行動原理━欲望を粉飾しない、本質と行動が矛盾を孕まない、捕食者の、身も蓋もない、それ故に強靭で透徹された哲学は、いっそ清々しいくらい。。ヘリから捨てられた?みたいな事話してましたけど、子供の頃から既にサヴァイブしていたんでしょうね。
野兎を狩るチーターの姿を称賛するのは、チーターの中に彼女自身を見出しているからで、2匹のチーターのうち片方が死んでしまった事実、大事に飼っていた自分の分身のような存在を失う哀しみも決して彼女を捉えることは出来ない、おそらく彼女は自身の死さえも悲しまないのじゃないかと。『ノーカントリー』のシガーが「運命のコイントス」に従い、その結果に一切の不服も異議申し立てもしない態度と通底するんじゃないでしょうか…。
その反面、聖女のポジションに収まってるような ペネロペ・クルスは、そのキャリアから考えてもちょっともったいないなぁ。ふたりの女がプールサイドで話してた婚約指輪の話は面白かったんですが…。聖女(淑女)的な慎ましさで、ダイヤ(婚約指輪)の価値を知ろうともしないローラは、本来ならマルキナの世界=等価交換の法則を想像できないような小娘じゃないですもの。ペネロペ・クルスはアルモドバルと組んだ時が一番魅力的な気がします。

一番面白かったのが、し尿運搬車に纏わる諸々。麻薬カルテルがコカイン奪還する際に使用していたのがサブマシンガンで、その時の銃撃戦で開いた穴を切り出した小枝で塞ぎ、闇の修理工場でドアを変え、シカゴまで車毎、コカインを運ぶ。クソが国境を越え、クソを運びながら(すいません、下品な表現で…でもこれ以外書きようがないんです)もう一つの荷物=ドラム缶詰にされた死体も運んでる。米墨間の国境は、人、モノ、サービス以外に「クソ」も通してしまうんですね。勿論最大のクソ「麻薬」もですが…。経済のグローバル化は物流の大動脈にクソを流し、やがてはアメリカをクソ塗れにしてしまうんでしょうかねぇ。。


☆☆☆

特別映像『悪の法則』ビギニング(キャメロン・ディアス&ハビエル・バルデム出会いシーン ...
You Tubeに<特別映像:「悪の法則」ビギニング>があったので、リンク貼っておきますね。
マルキナとライナーとの出会いを描く、前日譚です。監督はリドリー御大の息子さん、ルーク・スコット。
チーターの元々の飼い主がマルキナだった事がこれで分かります。
本編で、ライナーが麻薬カルテルから逃げ出す際、チーターも一緒に連れていたのは、やはりマルキナにぞっこんだったのでしょう。
彼が殺され、主のいなくなった 車からチーターが下りてくる場面が大好き。
用心深さと、広大な狩場を目の前にしての解放感、ネコ(科)好きにはたまりませぬ。
本作のチーターは、とても優雅に撮られてますよね。(12/15追加)

*1:http://www.imdb.com/title/tt2193215/trivia?ref_=tt_trv_trv In the night club Reiner and the Counselor are buying/remodeling, the camera shifts focus from the Counselor to a large black and white photo of Steve McQueen in a sailor's uniform. The picture is a still from the movie "The Sand Pebbles", which is set in the early 20th Century awakening dragon, China.

*2:ボロボロになった赤いドレスの首なし死体が、ブルドーザーでゴミ処理場に捨てられてましたから、ローラはウェストリーの話通り、首を落とされた後、死姦されたのでしょう。その映像を収めたDVDが弁護士の下に届く。麻薬カルテルは弁護士の居場所も知ってるんですよね 11/30 追加