キャプテン・フィリップス(ネタバレ)/これは私の血ではない

■封印された金庫の3万ドル

トム・ハンクス (リチャード・フィリップス)が船長を務める貨物船「マークスアラバマ」号が、アフリカソマリア沖で海賊に襲われ、米海軍ネイビーシールズに救出されるまでを追った緊迫のドラマ。実話ベース(実在のリチャード・フィリップスの著書をビリー・レイが脚色)の強みを生かして、細部に至るまで地に足の着いたものになっています。
前半部分、貨物船内での攻防で、船内を熟知しているフィリップスら米国側の知恵と連携が、武装した海賊より徐々に優位に立っていく展開は、アクションパニック映画の王道の面白さで、何せ『ダイハード』ばりの“裸足とガラス片”まで登場。飛び散ったガラス片が武装化した海賊の一角を無力化する━現実世界で銃にお目にかかる事がないせいでしょうが、私は銃よりもナイフやガラス片の方が遥かに怖い。
海賊のリーダー、バーカッド・アブディ (ムセ)を捕り押さえ優位に立った乗組員と、金庫にしまってあった(テープでバッチリ封印されたましたから、海賊との交渉の為に船会社があらかじめ用意していたものでしょうね。そういうマニュアルがあるのかも知れない)3万ドルの現金で、海賊を追っ払えそうになったものの、救命ボートの操作法を親子くらい歳の離れたソマリア人たちに教えようとした善意が、さらなる危機(人質にされる)を招いてしまう人間臭い展開は、もう「私は良い人しか演じない」と決め込んでるようなトム・ハンクスのキャラで、随分と救われてます。こんな状況下でも人の良さが滲みだす、それが嫌味にならないんですもの。

後半、舞台が救命艇に移り、閉塞した空間に閉じ込められた海賊と船長、その船長を救出すべく動き出した米海軍のスペシャリスト(専門家)ネイビー・シールズが登場。鍛え上げられた強靭な肉体*1と特殊能力、過去に起きたハイジャック事件を精緻に検証し築き上げたであろうマニュアルとフォーメーションの数々を、的確な状況判断の下、奢る事もなく粛々と任務を遂行していく、神々しいばかりの(笑)スキルを見せつけられる一方、救命ボートの武装集団は、にわか仕込みのチームの脆さを思いっきり露呈し、パニック寸前となり軋み始める。ハイテク巨艦(ライオン)に救命艇(ネズミ)が翻弄される、その圧倒的なパワーの違いに、これが現実の軍事力の差と重なり、まぁ、いろいろと複雑ですよね。。
「アフリカの角」と呼ばれるソマリア沖で海賊行為が多発した理由については、日本でも結構報道されてるので、ご存知の方多いと思います。折角映画を見たのですから、良い機会だと思っていろいろ検索してみましたが、長引く内戦による無政府状態、アルカイーダ、干ばつ、先進国の不法漁業による水産資源の枯渇、欧州系企業による産業廃棄物・核廃棄物の投棄等、まぁでるわ、でるわ。。私が今まで食べて来たマグロやエビだって、ソマリア沖のものではないと言い切れないと考えたら、落ち込みました…。
終盤、フィリップス船長の顔を射殺されたソマリア人の返り血が染め上げる印象的なカットがありましたが、ソマリア側の背景を思うと、武力集団に襲われた一方的な被害者の立ち位置にすんなりとは収めようとはしない、作り手の意思が窺えるところじゃないでしょうか。貨物船「マークスアラバマ」号が運んでいた物資は食料等救援物資だったのも皮肉ですよね。

ジャーナリスト出身の監督らしく、それぞれの対立軸を重層化する複数の視点を持ち込みながら、一方で娯楽映画としての面白さも損なわないバランスの良い作品です。ポール・グリーングラス作品は、手持ちカメラの不安定な映像と素早いカット割りで酔いそうになる時があるんですが、今回はセーフでした。こういう画に慣れてきたんですかねー。
狭い救命艇の中で、冷静さを見失しなわずに対処していたフィリップス船長が、救出後、海軍の女医からの事務的な質問に答える際に、抑えていたものが一気に決壊し激しい動揺を見せる演技にはグラッとなりました。女医さんの専門職ゆえの機械的な反応とのコントラストはお見事。
ソマリア人ムセを演じたバーカッド・アブディは、7 歳で家族と共にソマリアからイエメンに脱出。その後、ミネソタ州ミネアポリスに移住。この役を受ける前は運転手として働いていたんですね。*2

*1:シールズの隊員の二の腕の方が、ソマリアの青年たちの太腿より太く見えてしまう。視覚情報だけで圧倒的な力の差を見せつけてるんですよね

*2:http://www.imdb.com/name/nm5831542/bio?ref_=nm_ov_bio_sm