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ホビット 思いがけない冒険(ネタバレ)/Far over the Misty Mountains cold━彷徨える民、望郷の想い

■七つの指輪は、岩の館のドワーフの君に
映画『LOTR』3部作の公開よりずっと前にJ・R・R・トールキンの小説『指輪物語』『シルマリルの物語』を読んでましたが、『ホビットの冒険』は児童文学という事もあって未読のままでした。本作、『指輪物語』及び『LOTR』と結構、関係づけられてますよね。若き日のフロドが登場するのはファンサービス?かも知れませんけど、エルロンド卿(ヒューゴ・ウィーヴィング)やガラドリエルの奥方(ケイト・ブランシェット…相変わらずお美しいです)まで登場します。サウロンが滅びの山の溶鉱炉で自ら作った一つの指輪を巡る物語と、原作の膨大な追補編とを繋ぐお話として再構成されたんじゃないかしら?と思える所が何カ所かありました。
嬉しかったのは、ミドルアース(中つ国)に使わされた魔法使いのひとり「茶色のラダガスト」のパートがあった事。鳥や獣と心を通わす(長髪の片側にべったりと張り付いていた粘性の白い液体は何だったんでしょうか?鳥のフン?)、ちょっと頭のねじが緩い人みたいにみえちゃうんだけど、彼の関心事は動物の事だけだからそれ以外は心がお留守になっちゃうんですよね。闇の魔法に捕えられたハリネズミ(メチャ、かわいい)を救う為だけに強大な魔力を使う、とても不思議なご老人です。ラダガストの純粋で無邪気な所は『指輪物語』の序盤に登場する、古森のはずれに住むトム・ボンバディル(映画版LOTRでは省略されてしまいましたが)━いかなるものにも支配されない、サウロンのひとつの指輪すらトム・ボンバディルを支配することは出来ない、中つ国にあっては、上のエルフや賢者団と同等、あるいはそれ以上の力を持ちながら、自らが設けた見えない境界線の中に篭っているミステリアスな存在━を彷彿とさせる所があるんですよね。
指輪戦争を中核とした壮大な物語は、ヘブライズム文化圏だけでは収まらない、北欧神話やケルト、マザーグースをはじめとする民話までも取り込んでいて、何より精緻で豊饒なディテール描写が大好きで、トールキンと同じオックスフォード大学に籍を置いていたC.Sルイスの『ナルニア国物語』より嵌っていた時期がありました。『ナルニア国〜』はキリスト教的寓意がちょっと苦手だったこともあって、断然、私は『指輪物語』派です。『指輪物語』『ナルニア国物語』既に鬼籍に入られていますが瀬田貞二先生の翻訳は素晴らしいですね。モリアの坑道に続く秘密の扉を探す旅の仲間を案内していたガンダルフが、辺り一面様相が変わってしまった事を“滄海変じて桑田となる”と表現したり(イギリスをはじめとするヨーロッパに桑畑なんてある筈もないんですが、古風な表現がぴったりくる文体なんですよ)こうやって書いてるとまた読みたくなってしまいます。。
ワラワラといるドワーフご一行さまの識別は、一度観たぐらいでは無理でした(笑)。髭の編み方とかそれぞれ個性があるんですけどね。面白いなぁと思ったのは、ドワーフ達がエレボール(はなれ山)を目指すのは、スマウグとの対決し、彼らの故郷(とはいえ、モリアを失って以来、ドワーフ達はそれぞれ離散してディアスポラ状態なんですが)と財宝を取り戻す明確な動機があっての事で、そこにホビットのビルボが加わったのは、ドワーフの要望というより、ガンダルフの無茶なごり押し(笑)だった事。居心地の良い小さな「穴」での暮らしに満ち足りていたビルボは、彼と同じく偶然にサウロンの指輪を出会い、指輪の力で人生を捻じ曲げられて「故郷」から追われた哀れなゴクリ(スメアゴル)と地底湖(?)らしき「穴」で遭遇します。「契約」で雇われたビルボとドワーフ達を結ぶのもの、「故郷」に対する想いなんです。『指輪物語』の多くは第二次世界大戦中に書かれたもので、ヨーロッパに齎した戦争の深い傷跡を作品の中に見出すのは容易なんですが、その昏い時代にあっても一筋の希望として紡がれていたのは、ヌメノールの高貴な血筋でも、エルフの叡智でもなく、名もない小さき者が助け合い、困難に挫かれそうになる度に、輝きを増す彼らの友愛でした。指輪の魔力の為に、憎みながらもその指輪から離れる事の出来ないゴクリを殺す機会は何度もあったのに、フロドは最後まで殺さなかった。彼だけではなく、ガンダルフアラゴルン、闇の森のエルフ、ゴンドールの執政デネソールの息子ファラミアもそう…。その原流が本作のビルボとゴクリの謎々場面にあるわけですよね。「つらぬき丸」を手に魔法の指輪をはめたビルボには簡単にゴクリを殺せたのに、彼を逡巡させたのはいったいなんだったのか…、この三部作だけではなく『指輪物語』を貫く要なので、この命題が今後、どう展開されるのかを期待しています。脚の一部とシッポと目しか見えなかったスマウグの全貌も、早く見たいです。
イギリスドラマ『シャーロック』シリーズでワトソンを演じたマーティン・フリーマンがビルボ役に抜擢されましたが、同じドラマでシャーロック・ホームズを演じたベネディクト・カンバーバッチが続編で死人占い師(ネクロマンサー)にキャスティングされているんですよね。これはホントに嬉しい。死人占い師の正体はあのお方でしょう?闇の森でレゴラスのお父さんが登場するでしょうから、『LOTR』には登場しなかったキャラに会えるのは楽しみです。そうそう、ビルボのお宝「つらぬき丸」の出所は本作で分かりましたが「ミスリルの鎖帷子」はまだです。コッチの由来のどうなるんでしょうか。。夢のまた夢なんですけど、バーリンのエピソードか何かでもう一度モリアが見たい!です。チラっとでも登場しませんかねぇ。。

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