マーサ、あるいはマーシー・メイ(ネタバレ)/どこにも居場所なんてない

■MARTHA MARCY MAY MARLENE
マーサ(エリザベス・オルセン)が属していたカルト・コミューンのある山間の農場から脱出、2年間、音信不通だった姉ルーシー(サラ・ポールソン)の下に身を寄せるものの、マーサの言動が徐々に常軌を逸していく心理スリラーです。で、一番気になったのが、カルト・コミューンと姉夫婦の生活を執拗に対置させている所。マーサが属していたカルト集団は、60年代アメリカが生んだヒッピー・ムーブレントの負の遺産、チャールズ ・ マンソンが率いる「ファミリー」グループに似通っていて、「自給自足」の集団生活(←あくまで表看板だけ。中身は正真正銘の反社会的カルト)をしていたために、日常の何気ない動作や習慣が、スイッチがパッと入れ替わるように、カルトでの記憶を呼び覚ましてしまいます。マインドコントロールが解けていない状態なので、シームレスに過去に繋がってしまうんですね。裸で別荘の湖に飛び込む、姉が作った朝鮮ニンジン入りのジュースを嫌がりオレンジジュースにした事、深夜、屋根に落ちる松ぼっくりの音、ガーデニングに手馴れている、夫婦の寝室に無断で入る、アルコールに対する激しい拒絶等々、ほんの些細な出来事から異常な行動までがカルトでの生活と結びついていきます。
でもそれだけじゃないんです。心が壊れてしまったマーサを窃視するようなカメラとノンリニアな編集が、カルトコミューンと姉たちとの生活との差異を徐々にフラットにしてしまうんですね。現在と過去をひっきりなしに行き来して、因果関係を嫌というほど印象付けられる内に”姉たちの生活も動機は別として、単に起きている事象だけを並べてみればカルトとそう違いがないんじゃないか?”という疑問が頭を擡げてくる。例えば、着の身着のまま脱出したマーサに、姉はドレスや水着を貸して(着る物を姉と共有)ましたが、コミューンの女性達も衣装を共有していたし、姉ルーシーの夫テッド(ヒュー・ダンシー)は、マーサの背後に回ってモーターボートの操縦を教えてましたけど、リーダーも同じく彼女の背後に回って銃を教えてました。パーティでのお披露目で姉が妹に着せたのが「白い」ドレス。リーダーの供物にされる女性は同じく「白い」ガウン(バスローブ)を着せられてました。スノッブで上昇志向の強い建築家のテッドがマーサに仕事を持てと話す事と、カルトで「役割」を見つけなさいと繰り返し言われていた事の違いは、属する共同体が違うだけで、そう開きがない様に感じてしまいますし、錯乱したマーサを部屋に閉じ込めようとしたテッドを牽制した姉の様子は、コミューンで問題になりそうな芽を早期に摘み取るために置かれている女性信者の役割と似ています。唯、貧困や差別、環境破壊や内戦等、多種多様な犠牲の上に成り立つ消費社会を享受している姉たちと、自然回帰を指向した集団生活を隠れ蓑に、強盗やレイプ、殺人までも行っていたカルトを、そう短絡的に結べるとも思ってはいないんです。寧ろ社会を俯瞰した視点に依って立つと、マーサから「居場所」を奪ってしまっているものの正体が何なのか、大事な事が見えなくなりそうで…。
マーサは音信不通だった期間、BFと山で暮らしていたと姉に嘘をついてます。妹の異常を“もしや、BFのDVの後遺症かも?”とまでは考えても、カルトのマインドコントロールまでは想像できない姉を咎める気にはならないです。もし、姉の立場だったら私も同じ事してたでしょうし、最終的に妹を専門医に手に委ねようとしたのを、妊娠、出産計画があり、落ち着いた環境で子育てを望んでいる姉夫婦が、ストレスの元になる妹を厄介払いするためだけに精神病院へ入院させるんだ!とも言い切れない。マインドコントロールからの脱却には、専門家の指導が必要な事、オウム事件を経験した私たちは知ってます。何とも巧妙にいろんな断片が組み込まれていて、一度見たくらいでは咀嚼しきれません。サンダンスをはじめ高い評価を受けたのも頷けます。冒頭、コミューンを抜け出したマーサが森の中に消えていく、ざわざわと風に揺れる木々の間から見え隠れする彼女の姿を、固定カメラで切り取る不安げな映像が印象的だったんですが、この作品全体があの場面と被ります。木立の間から見え隠れするマーサの姿と同時に木々の揺れが脳に焼き付いてしまう、両義性があるんですよね、上手く表現できてませんが(笑)。
ラストで、コミューンが所有していた黒のSUVによく似た車がマーサ達の乗る車の後をつけてくる、それがカルトからの追手なのか、単なる偶然なのか判断できないオープンエンドになってますが、この時、オフスクリーンで姉たちの会話を処理していたんですね。ココは本当に素晴らしい!。妹と姉たちを隔てる絶望的な距離がクッキリと浮かび上がります。ココ以外でもオフの音(会話も含めて)が効いてます。パーティで錯乱した義妹の様子を一刻も早く知りたくて焦ってるテッドの声が、想像より僅かに早く聞こえたり、いかなる感情も表明しないうつろな眼差しの先に、細目に開かれたドアから漏れ聞こえる夫婦の会話等、よく考えられてると思います。マーサを演じたエリザベス・オルセンさん、はじめてお目にかかりましたが、“何よ、あの胸は”の人でした(笑)。四つん這いになって床掃除している彼女の胸、あー、観なかったことにしよう。。男の目を釘づけにするムチっとした肢体と、その絶大な効果に全く無頓着な彼女のアンバランスな所、あの身体だからこそ表現できるんだと思います。そうそう、疑問点が一か所。コミューンに居た赤ちゃん全員が男の子だったのは、男性が優先される家父長的共同体なので、生まれた女児は直ぐに殺されてしまっていたからなんですよね(←ホントにひどい話)。で、マーサはひょっとしたら子供を産んでいたのかなぁと、ちょっと気になってるんです。。