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ラビット・ホール(ネタバレ)/あなたのポケットの石ころは、私には見えなくても、感じることは出来る

■虚構の力
不慮の事故で子供を失った夫婦の再生の物語。スターチャンネルで観ました。ピューリッツァー賞を受賞した『Rabbit Hole』を作者のデヴィッド・リンゼイ=アベアー自ら脚色しています。『オズ はじまりの戦い』でも脚本参加してるんですね。主人公アリスが、白うさぎを追ってうさぎ穴に落ちるルイス・キャロルの児童文学『不思議の国のアリス』を想起させる『ラビット・ホール』という題名を、加害者の少年が創作したコミック本の平行宇宙(量子力学多世界解釈に近いと思いますが)に上手く重ねています。最愛の息子を交通事故で失う、哀しみの中でのたうち回るような現実から這い出て、前に進もうと互いに努力はしていてもすれ違い、傷つけあう夫婦と、彼らを見守る人たちを通して、他者と喪失を分かち合うことは可能か、哀しみを共有する事は出来るのかを問う、佳作です。
面白いなぁと思ったのが、ベッカ・コーベット(ニコール・キッドマン)が、息子の退場(死)と同時に彼女の人生に割り込んできた加害者の少年ジェイソン(マイルズ・テラー)に、死んだ息子を投影して行く事です。ジェイソンは事故を起こしたことに深く傷ついていて、加害者と被害者の立場を超えて二人は共振していくんですね。少年に会う度に、ベッカは彼の母親を演じてます。白いタキシードで正装し、GFとプロムに出かけるジェイソンの姿を車中から見たベッカが泣き崩れるのは、いくら息子をジェイソンに投影しても、かけがえのない彼女の子供が高校を卒業して大学へと、大人に成長していく姿を決して見ることが出来ない現実に気づいたからでしょう。妊娠した妹に息子の服を押し付け母の心構えを諭すのも、スーパーでキャンディを買って!とせがむ子供を無視する母親(←甘いものを食べさせない教育方針だから、意地悪じゃないんです)を思わず引っぱたいてしまったりするのも、全ての子供に死んだ息子の片鱗を見出してしまうからなんでしょうね。
一方、夫ハウイー・コーベット(アーロン・エッカート)の方はチャイルドシート、子供部屋、スマホの動画、冷蔵庫に貼ってあった子供の画、愛する息子と暮らした「記憶」の中に止まろうとします。息子が生きていた時の記憶を消さない事で、今でも息子が生きているような状態を保とうとする。息子が死んだという辛い現実を受け入れながらも、意識の奥底にある、その昏くて懐かしい記憶の手触りを手放せないでいるんですよね。子供を失った親たちが助けあう「支援グループ」で知り合ったギャビー(サンドラ・オー)がマリファナを吸っている所を偶然目撃した事から、ふたりは急接近。同じ子を失った上に夫とも別れてしまったギャビーに妻にはない癒しを求め始め、危うく一線を超えそうになりましたが、踏み止まりました。偉いぞ、お父さん!(笑)。アレクサンダー・ペイン監督の元奥さんのサンドラ・オーさん、『サイドウェイ』でジャック(トーマス・ヘイデン・チャーチ)の鼻を、バイクのヘルメットで強かに殴りつける彼女が大好きだったんですが、ちょっとふっくらされましたね。
夫も妻も、それぞれに外部の他者に癒しを求め始め、夫婦の亀裂が決定的になりバラバラになってしまう所を救ったのが「虚構の力」です。自宅に息子の死後、疎遠になった友人をはじめ多くの客を招いて「子供を失った喪失感から立ち直った」夫婦をふたりで協力して「演じ」始めるんです。子供との思い出に逃避する事でも、他者に失った子供を投影するでもなく、虚構を作り上げ、与えられた役割を演じる事で夫婦の絆を再度、結び直そうとします。大切な家族を失い、傷ついた人には支えてくれる何らかの慰めが必要となりますが、唯そのためのアプローチはきっと千差万別なんでしょうね。平行世界では、無限の私がいて、無限の夫がいる。それらの世界の内には、幸せに笑って暮らしてる私がいて、また夫もいる。何故、私たちの子供が死ななければならなかったのか━犬を飼わなければ良かった、あの時電話が鳴らなければ子供から注意をそらすようなことは起きなかった(←この時の電話の相手が、多分、バーベキューに招いた友人だと思います)、庭から道路に通じるドアの鍵をかけ忘れてなければ━子供を失うに至った原因は夫婦間でもう嫌になるくらい検討されてます。事故が起きてしまった物理的な要因をどれだけ探っても、突然子供を奪われてしまう「不条理」の説明はつかない。それでも答えの出ない問を抱えて、残された者は生きて行かなければならない。加害者の少年が読んでいた「並行宇宙」の本は、ベッカの救いになりました。決して回答の出ない不条理な出来事、それが齎す痛みから逃れられない絶望の日々から一筋の救いの道を示してくれる存在を私たちは「神」と呼ぶ事をベッカが気づくのは、そう遠い未来ではない気がします。

控えめなピアノ曲だけのシンプルな劇判と、それぞれの心のひだを炙り出す照明設計が印象的でした。ハウイーとギャビーがマリファナを吸ってる、ほの暗い駐車場の灯りとか、メチャ好きですねぇ。車中で口論になり、危うく事故を起こしかけて急ブレーキを踏んだ後に、後部座席に積んだケーキの心配をする(←これも擬態なんですけど)ベッカのツッパリブリは可笑しかっです。ホント、素直に弱みを見せられない人なんでしょうね。彼女の母を演じたダイアン・ウィーストさんも良いですね。母の威厳と、温かで可愛らしさを失わない彼女から語られる「ポケットの小石」のお話はグッときました。