ペーパーボーイ 真夏の引力(ネタバレ)/いかれたバービー人形

■ひと夏の狂気
安息日(日曜日)には商店が閉まり、街の目抜き通りでも人通りがと絶えるバイブルベルトのフロリダ南部が舞台。南部特有のねばりつくような湿度と気の狂うような暑さの中で、登場人物のそれぞれが抱えている矛盾と、隠されていた欲望が徐々に炙り出されてゆきます。自動車のフロントガラスにはりつく雨粒、濁った海、滴り落ちる汗、腐臭が漂ってきそうなくらいねっとりとした水に覆われ、決して水底を見せない沼…うだるような暑さの中で無意識に求めたくなる水の心地よい感触は遠ざけられ、不快感を呼び覚ます舞台装置にとって代わり、人種問題と貧困が複雑に絡み合う共同体内の軋轢はさらなる階級のレイヤーを生み出す。父スコット・グレンの結婚相手はニューヨーク出身なのにスノッブで嫌な女だし、発端となった事件の犠牲者である保安官は人種差別主義者で、黒人だけではなく、同じ白人=レッド・ネックを蛇蝎のように嫌い見下すような男。そんな男でも死んでしまえば銅像に祭られる土地柄なんですよ。幼い時に母に見捨てられ、大学をドロップアウトしたザック・エフロン (ジャック)には親友のような 黒人メイドメイシー・グレイ (アニタ )がいましたが、喧嘩沙汰で激昂すれば、たとえ彼女の前でも「ニガー」と言ってしまう。一番複雑なのは兄 マシュー・マコノヒー (ウォード)でしょうね。フロリダの新聞社に勤めリベラルな記事を書いていた彼がクローゼット・ゲイだった事。彼の口元に残る傷痕は、ひょっとしたらゲイに対するヘクトクライムで受けた傷だったのでしょうか?

保安官殺しの容疑で逮捕され死刑判決が下りていたジョン・キューザック( ヒラリー)の叔父が住む、沼地のバラックが凄かった。南部のホワイト・トラッシュの描写で、ここまで赤裸々に見せたのは珍しい。バケツに入ったアイスクリームを家族で分け合ってましたが、上半身裸の女性が登場してたのにはびっくり。映画やTVドラマで再現される「豊かなアメリカ」のイメージの影で、絶対的貧困の中に見捨てられている多くのアメリカ人がいる、そしてこの貧困はアメリカ社会の構造的なものだと告発した マイケル・ハリントンの著書「もう一つのアメリカ」が出版されたのが62年。ジョンソン大統領(民主党)の「貧困との戦い」(War on Poverty) が始まったのが64年ですから、69年頃の南部のホワイト・トラッシュの生活レベルがあそこまで悲惨であっても、ちっともおかしくないと思います。誰もが嫌がる湿った土地で長年ズブズブと発酵した悪意は、生半可なリベラル意識さえ寄せつけません。無実の証拠がそもそも「窃盗」なわけで、絶対的貧困層ならさもありなんと思わせておいて、実は…とひっくり返す。もう土地に染み付いた何か別の意思が動かしてるんじゃないかと思えるくらい。。

思春期の挫折の中で鬱屈していた青年の退屈な毎日が、年上の美しい女性と出会いをきっかけに劇的に変化する。淡い「ひと夏」の体験とその喪失を通して大人へと成長した青年━本来なら甘ずっぱい思い出に彩られる筈の初恋物語を、露悪的なまでのどぎつい暴力とエロスでブラッシュアップしていく手腕にはクラクラしました。チェリーボーイのザック・エフロン君のお相手となるビッチなニコール・キッドマン(シャーロット)には、もう呆れたというか、ここまで演じる女優根性はあっぱれ。バービー人形のような美貌に溺れて、内面の充実や成長をおろそかにしてきたバカ女なんですが、衰えつつある美貌を、ウィッグとド派手なドレスをカンフル剤にして奮い立たせる、もう後のない中年女が、手紙と写真のやり取りだけでたどりついた妄想世界=愛の不毛な事と言ったら…。あれだけ嫌っていた『沼』が彼女を閉じ込めてしまうんですよ。女に目がないスコット・グレン が見せる息子たちに対する屈託、クローゼット・ゲイのマシュー・マコノヒーのナイーブな演技も良かったですが、肝心のザック・エフロン君がいまいちだったなぁ。海で泳いでいた際、クラゲに刺されショック状態になった彼が何とか岸にたどりつき、朦朧とした意識の中で、真っ先に彼の視界に入ってくるのがニコール・キッドマンのおしりだったという作品なので(笑)、思春期特有の悶々とした繊細な演技をみせて欲しかったです。

この時代を彷彿とさせる粒子の粗い映像、分割画面や、ジャックの妄想に登場するウェディング・ドレス姿のキッドマン(←こういう技法は何と呼ぶのでしょうか?)、画面にまで現れるじめっとした湿気等、映像的な面白さも勿論なんですが、ジャックの家、刑務所、シャーロットのアパート、惨劇の起きたモーテル、事件の推移と共に転々と場所は変わるのに、その間の移動が殆ど描かれない、点としての場所はあっても空間的広がりがない。その替わり沼だけはしっかりとした空間として切り取られてます。圧巻はラストの空撮で現れる湿地帯でしょうね。空撮大好きなので、眼福でした。このシーンに流れていた音楽もぴったり。随所で使われているブラックミュージック(ソウルミュージックといった方がいいのかな)も良いですね。 暑い夏の夜、ぼーっとテレビなんかで観るには、うってつけの作品。