オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ(ネタバレ)/白色矮星のダイヤモンドが奏でる音

廻る天体、回るレコード盤

新春そうそう、良い作品に出会えて良かった♪
ジャンルのタグつけはあまり意味ないかもしれませんが、本作、コメディですよね?
アメリカのデトロイト、モロッコのリゾート地タンジール*1と、地球の反対側に住むアダム(トム・ヒドルストン )とイヴ(ティルダ・スウィントン)のヴァンパイアカップル。
一体どれだけの間、生きながらえているのか定かではないんですが、自動車産業の空洞化で廃墟のようになったデトロイトの街で、アンダーグラウンド・ミュージシャン(?)で生計を立てているらしいアダムは、俗悪な人間(ゾンビと言ってましたが)と終わりのない生に倦み、調達屋に木製の銃弾(ヴァンパイアの心臓に打ち込まれる杭の代用品でしょうか)を発注し自殺の準備をし始めます。それを思い止まらせる(自殺衝動はおそらく今回が最初じゃない、何度も死ぬ!死ぬ!と言ってそう)姉さん女房のイブさんが、もうウットリするくらいステキ。
60~70年代に異常なこだわりを持つオタクで、引き籠り、その上コミュ障(笑)の夫をふんわりと包み込む、母性溢れるキャラはティルダ・スウィントン のキャリア初じゃないでしょうか。夜中でもサングラスをかけたまま、タクシーの中で夫を胸元に抱き寄せる姿のお美しい事。元来がこの世のものとは思えぬ美貌(抜けるような肌の白さと皮膚の薄さ、透明感)でヴァンパイアのイメージにドンピシャに嵌ってる上に、気の遠くなるような時間を生き続けなければならないヴァンパイアが、生の希薄さと引き換えに手に入れた膨大な知識から生まれる、ある種の特権階級に纏わりつくスノッブさが毒になっていて、夫婦のありふれた情景に陰翳を作ってますよね。
“モータウン博物館より、スタックス派”に始まり、クリストファー・マーロウやニコラ・ステラ等々、著名な知人の名を挙げながら交わされるぺダンチックな会話は、それ自体をも可笑しみに変えるジム・ジャームッシュの魔法で嫌味にはならない。登場する固有名詞の半分も理解できなかったせいでもあるんですが、知人夫婦のごく私的な内輪の話を聞いているようなものでしたもん。


自分の好きなモノだけに囲まれた「根城」で、デトロイトの街同様、朽ち果ててしまいたいアダムの下に投下された爆弾娘、もう一人のイヴ=エヴァ(ミア・ワシコウスカ)は面白かったです。
楽器に拘り、アナログレコードしか聴かないアダムに対して、「You Tube」で私はOKなんだけどとぶちかます辺りは、昨今の音楽シーンの潮流を嘆く事しかできないアダムの心臓を抉る凶器となる(笑)。
エヴァはドット(水玉)模様のワンピースやタイツを身に付けていて、これはアダム(手袋は黒)とイヴ(手袋は白)の両者を彼女なりに憧れている証なんでしょうかねぇ。
生殖機能のないヴァンパイアがどうやってその血脈を紡いでいるか、「転生」つまり、人の血を吸うだけではなく、どうやるのかは分からないけど犠牲者をヴァンパイア化する方法があるようで、エヴァは多分、イヴによってヴァンパイアにされたんでしょうね。
テムズ川に死体を放り込めば済んでしまった時代は遥かに遠ざかり、21世紀を生きるヴァンパイアの前には、司法や警察が立ちはだかる。病院関係者からきれいな血を得るルートを確保し、目立たず慎ましく暮らしていたイヴたちとは違い、エヴァは中世さながらの野蛮な方法で人を直接襲ってしまう、刹那に生きるヴァンパイア。
エヴァとコミュ障の夫*2をたしなめるイブは本当にステキ。一番好きなのは、終盤、いよいよお迎えが来る(飢え死にしそうになっている)時に“私はもう決めたわ。あなたにプレゼントを贈る、だから全財産頂戴(←あやふやですが)“みたいな事言った時。めちゃ可愛いです。。
アダムに”ゾンビ(人間)の悪行(だったかな?)を数えていたら夜が明けるわ”や”自分の心に囚われるのは時間の無駄”と語る台詞と、ヴァンパイアの設定上の齟齬から生まれる可笑しさに何度もクスリとなりました。
白色矮星のお話も良いですね。「滅びゆく」星に埋もれる巨大なダイヤモンドの音ってどんなのだろう。。
不死のヴァンパイアが年老いた恒星を想う。悠久の時間を生きる事は可能でも空間移動は不向き(とにかく物理的に空間を「移動」するのはとても疲れるみたい。血の在庫が乏しくなったせいもあって、デトロイト→タンジールまでの移動で死にそうになってました)50万光年先にはイヴはどれだけ長生きしても絶対にたどり着けない。この世界のあらゆる知識をアーカイブしている彼女が、その目で見る事の出来ない光景=叶わぬ夢だから、それを夢想する事に「厭きない」のだと思います。夢が現実に浸蝕され「汚れ」てしまわないからでしょうね。

タンジールの路地裏で声をかけてくる怪しげなおじさんたちはドラッグの売人なんでしょう?イヴたちが「血」を飲む、喉元を通過する「生」に刹那の快楽を感じてるのはその恍惚とした表情で分かります。ヴァンパイアにとって、人間の、それも飛び切りきれいな血は単なる食事以上のものなんでしょうね。
回転する星の群れがアダムとイヴ、そしてレコード盤へと繋がるカッコ良いOPから、目の前に現れた美味しそうなカップルに、死に際の美学もどこへやら、早速に押さえられない欲望に突き動かされて、ヴァンパイアの本性を剥き出しにするラストまで、ジム・ジャームッシュには珍しい技巧を凝らした画作りで魅せます。何よりデトロイトとタンジールの街の浮遊感がツボでした。アダムが通る度に、近所の犬が一斉に吠え出すのも可笑しかったです。ヴァンパイアも大変だ(笑)。

*1:ヨットハーバーがちらっと映ってました

*2:不死のヴァンパイアにとって、人間との間に友情が成立しても、気の遠くなるような時間の流れの中ではほんの一瞬の出来事。どんなに大切な人とも必ず「死」という別れで引き離されてしまいます。アダムが人を避けるのには、この身を切るような別れがつらくてそうしてるんじゃないかと思える所がある。とてもナイーブそうですもの