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スノーピアサー(ネタバレ)/見えない扉の向こうにオリーブの枝はあるか

■前進あるのみ


氷に閉ざされた死の世界で、人類最後の生き残りを乗せた『スノーピアサー』に搭載されているエンジン(どうやら永久機関のようですが)。その余剰エネルギーが住民の生活を支えるエネルギー源になっているようで、列車が止まればたちまちエネルギーの供給源を失ってしまうのでしょう、氷河期の「方舟」は、線路にたちはだかる「障害物」を破壊しながら、線路上を一直線に前に進みます。長年、虐げられた貧困層の反乱も、各エリアを分断する「障害物」と闘い、列車の先頭エリアを目指して一直線に突き進みます。列車という閉ざされた空間では、永久機関の「聖なるエンジン」も、革命の蜂起も、その運動は同じ、前に進む他ないんですね。
近未来のディストピア世界で、裕福層と貧高層の位相を、高低差のある縦の構図ではなく、フラットな空間を直進する他ない列車の構造に求めたのは、スノーピアサーの創造主、(エド・ハリス)が自身の後継者に、貧困層から立ち上がる革命の志士を据えようとする目論見とも合致します。裕福層VS貧困層、共同体の管理者とその構成員の二項対立はシステムを安定させる為に、便宜上温存しつつ、システムの創設者が、それのみを「延命」させることを目的とする、手段の目的化なんですね。氷河期を免れた最後の人類はシステム(方舟のエンジン)に奉仕するパーツ(部品)に過ぎず、最後尾から兎に角前に進む革命の志士の破壊的エネルギーは、貧困層の新リーダーとしてだけではなく、このシステムの管理者にとっても最優先の資質なんです。永久機関のエンジンと同じ、それを内包する「システム」の方まで永久機関だと思い込む。為政者も革命側もシステムそのものを放棄する考え=敷かれたレールから逸脱する事には至らないんですね。


地球を一周する列車の運行コースは、出口のない閉じた回路。蜂起した貧困層と、彼らを制圧しようとする兵士間で「パッピー・ニューイヤー」の祝祭的時間に、双方が一斉に戦闘から離脱する場面がありました。軍事的対立地域で、いずれの勢力によっても統治されていない領域を「No Man's Land(ノーマンズランド)」と呼びますが、新年の祝賀はどちらの陣営にも属さない中間的時間「No Man's time」を生むんですね、ココは面白かったです。閉じた回路では、空間(イメージ)だけではなく、時間(イメージ)も前景化できるというのは、とても分かり易いです。*1
ウィルフォード産業を讃える、洗脳教育を行っていた小学校教師(アリソン・ピル)。授業中の完全に逝っちゃってる目も怖かったんですが、お祝いの卵(イースターエッグみたいでしたが)が詰まったバスケットの中からマシンガンを取り出す落差のある表現、臨月近い妊婦が凄惨な戦闘に嬉々として加わってるんですもの、エグイですよねぇ。貧困地区に配給される羊羹みたいなプロティン・ブロックの原材料(ゴキブリ)が判明した時より、私はコッチの方が怖かった。。
赤外線暗視スコープに、貧困層はブック・マッチの火で灯したたいまつで対抗。中央から外れた、周縁の疎外者たちがなけなしの勇気を奮い立たせ、体制に中指立てる気概が独特のユーモアを纏い立ち現われるのもポン・ジュノ印です。こういった場面がもう少し欲しかったなぁ。


面白いなぁと思ったのが、メイソン首相(ティルダ・スウィントン)が、聖なるエンジンの中枢で、機械の一部(部品)ようにされてしまった子供と同じ手の動きをしていた事。
機関部の狭い空間で作業するには、身体の小さな子供しか「適合」できないんですね。メイソンはこの列車のシステムの信奉者で、その言動は狂信者のそれと全く変わらない、兵士たちのような荒々しさの代わりに、ソフィスティケイトされた狂気を隠そうともしない女性(ティルダ・スウィントンのメイクは凄い!)でしたが、ひょっとしたら、彼女、子供時代に機関部で作業していた過去があったんでしょうか?*2それとも、聖なるエンジンと文字通り「一体となる」、「選ばれた」子供たちに、信仰的な陶酔やあこがれがあって、あんな手真似をしているのか…。体制側の人員が、貧困層から「選ばれた」者達だった方が、メビウスの帯みたいに、閉じた回路で起きるパラダイムシフトとしては面白いんですが…。


エンタメ寄りの娯楽作で、作家性の強いポンジュノ作品の中では『グエムル 漢江の怪物』に一番近いかも。唯、グエムルにあったダメダメ家族の緩いギャグや、独特の間合いは影を潜めてしまい、緩急の無さがちょっと辛いです。主人公カーティス(クリス・エヴァンス)の生真面目さは、終盤、彼の口から語られる貧困地区での壮絶な人狩り(飢えの為)の過去を引きずる決して塞ぐことのできない傷口でもあるわけで、彼が新救世主となるのではないんですよ。セキュリティシステムのアーキテクト、ナムグン・ミンス (ソン・ガンホ )も英語を話さないアウトローで、彼だけが直線上を進む「閉じた回路」からの脱出方法、他の住民には壁にしか見えていない「第3の扉」の存在に気づいていましたが、カーティスと同様、道半ばで倒れる。彼らの意思を継ぐ者は、ミンスの娘、透視能力を持つヨナ(コ・アソン)と、聖なるエンジンから救い出されたアフリカンアメリカンの子供のふたりだけです。食物連鎖の頂点に立つ、北極の帝王白熊が生息できるくらいには地球の生態系は復活しているので、生き残った者の道程は厳しくとも、閉ざされることのない未来への可能性は残してあるラストでした。
『グエムル』で、飢えた子供の手をしっかりと握りその命を救ったコ・アソンの圧倒的な母性が、生き残った少年と繋いだ手に甦るちょっとうれしい演出も…。列車内から見える氷河期のCGはペラッペラなのに、ラストシークエンスだけはロケ(現実の風景)で、列車内で生まれ、地上に一度も足を降ろしたことのない新世代の旅立ちへの餞だと受け取ってます。このシークエンスの解放感は実写ならではのもの。そうそう、ソン・ガンホの喫煙シーンが2回登場しますが、ほんとに旨そうに吸っています。カウボーイのCMでお馴染みの「マールボロライト」を吸うあたり、アメリカの禁煙ファッショに対する皮肉なんでしょうね。フランス映画でもひっきりなしにプカプカやってますけど。

*1:列車の外には誰も出ようとしない、外の世界があるという事すら誰も気づかない。この箱庭世界は実質上の「外部」は存在しないので、列車がどれだけ前に進もうとも、同じ円の中をぐるぐる回ってるだけなんです。列車内では、社会システム上生み出されたヒエラルキー以外の空間の概念は後退し、代わりに立ち上がってくるのが時間の概念。「ハッピー・ニューイヤー」の祝日は従来の暦ではなくウィルフォード帝国の記念日、この方舟の処女航海の日が「新年」へと変更された可能性もあるんじゃないでしょうか 2/16 追加

*2:列車が動き出してから17年ほどしか経ってないので、メイソンは50歳くらいでしょうから、この可能性はないですね。 2/17 追加