8月の家族たち(ネタバレ)/野生玉ねぎを探しに

■熱帯産のインコでさえ死んでしまう灼熱地獄

ネイティヴ・アメリカン(シャイアン族)の家政婦ジョナ(ミスティ・アッパム)を雇い父ベバリー( サム・シェパード )が失踪。これを機に娘たち3人が久々とオクラホマの実家に集結。バイオレット(メリル・ストリープ )の妹夫婦も加わり、家族間の長い歴史に爪痕を残す秘密が次々と暴かれていく会話劇です。
真剣に映画に入り込んじゃうと疲労困憊しそうな内容ですが、女同士のはらわたを抉るような言葉の応酬とブラックな笑いに醍醐味のある作品。大抵の男の人はこういうの苦手でしょうけど(うちの夫も辟易してました)、母と娘の確執、肥大化した自己愛から成人しても尚、娘を呪縛しようとする母親と、そこから逃げ出す娘の物語として、私は納得しちゃいました。


口腔ガンを患い薬物依存のバイオレット(メリル・ストリープ)が登場するファーストシーンから目が離せなくなります。部屋着に残るシミの数々、抗がん剤の副作用から薄くなった頭髪、呂律も怪しい時があるかと思えば、意識もしっかりしていて葬儀のマナーに口を挟んだりもする。感情の振れ幅が大きく、笑っていたかと思えば泣き出したり、薬の副作用から認知症も発症したみたいで、その怪物ぶりは半端ない。メリル・ストリープが長い俳優生活で培ってきた演技の総棚卸状態で、その暑苦しさは盛夏なのに窓を閉め切った室内に充満する不快感と一体となって、逃げ場のない、息苦しさとなって襲い掛かってきます。
火のように熱く痛い口腔ガンが彼女の体を蝕んでいるのと同じく、不寛容で容赦ない言葉が周りの人間だけではなく彼女自身を痛めつけてしまうんですよね。
終盤、自殺しようとしている父を救えたかもしれないのに何もしようとしなかった母親をなじる長女バーバラ(ジュリア・ロバーツ)は、母がこういう形で夫を解放してあげた可能性を全く考慮出来ていない、それだけこの母娘は似た者同士、モンスターのようになってしまうんです。
母バイオレットが話す、クリスマスプレゼントの件。青春時代の淡い初恋の思い出が、実の母の悪意によって真っ黒に塗りつぶされてしまった怨嗟は、長い月日を経ても消えるどころか、炭化したように凝り固まってしまっていて、年頃の娘が若い男に恋をし、いずれは自分の下から去っていく恐怖が女(母)をモンスターに変えてしまうんですね。で、夫ビル(ユアン・マクレガー)との関係がギクシャクし、年頃の一人娘 ジーン(アビゲイル・ブレスリン)に手を焼いているバーバラ にも如実に現れます。
三女の婚約者「今年の男」スティーブ(ダーモット・マローニー)とジーンがマリファナを吸い、スティーブがジーンに手を出そうとした騒動の際*1、よからぬ欲望を抱いたスティーブではなく娘を引っぱたいてしまうのは、母バイオレットが実母から贈られたクリスマスプレゼントと同じだと思ってます。娘を縛り付けて手元に置いておきたい母の欲望が、娘の性的成熟を嫌う、異様なまでの潔癖さで現れる。アメリカ中西部の保守的な価値観、倫理観を鎧として完全武装した母性の怪物の奥深く隠されているのは、孤独を受けいれられない恐怖なんだと思います。

次女アイビー(ジュリアンヌ・ニコルソン)とリトル・チャールズ(ベネディクト・カンバーバッチ)の恋は、家族の裏の顔によって潰されそうになってますけど、次女は血の轍を踏み越えて、彼女をずっと縛り続けて来た「家」から飛び出します。子宮摘出手術を受けてますから、血の呪い(叔母と甥*2ではなく、異母兄弟だったという真実)は実質的な影響はない(子供を産むわけじゃない)でしょうけど、デリケートで小心なチャールズがこの事実に耐えられる筈もなく、おそらくおじけついてアイビーの下から遁走しちゃうんじゃないかしら…。それでも、呪われた(笑)家を出る決意をした彼女を応援してあげたいです。子供は親の玩具じゃない、子供の人生は子ども自身の手によって切り開いていくべきものですもん。

母と同じパジャマにガウン姿のまま、古ぼけたピックアップトラックに乗って家を飛び出したバーバラにも辿りつくべき目的地が見えていないんです。伝統的なアメリカの家族神話を次々に壊したまでは良かったものの、その先にある茫洋とした世界には一切触れないのはちょっとずるい気もします(笑)。
頑迷で偏見の塊だったバイオレットがインディアンの娘の胸に抱かれる、オクラホマの広大な大地にあっても、出口のない閉塞した征服者の白人(の子孫)が、自らの愚かさから「居場所」を失い、被征服者で、オクラホマに強制移住させられたネイティブ・アメリカンが誰よりも「寛容」さを示し、白人に寄り添うラストも用意されていて、ちょっとどっちかつかずの印象も残ってしまいました。バイオレットが見出した一筋の光明と、それを手に入れられる筈なのに、本質的には最もそこからは遠ざけられた者の絶対の孤独の在り処で終わってた方が、エグくて、私は好きだなぁ。。


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コメント欄でレスして下さった『間借り人の映画日誌』の管理人さまヤマさんが1月30日にアップされたエントリーです。丁々発止のやり取りは勿論、視点の違い(男女の差もありますが)がとても楽しい充実した内容ですので、是非!(2015/1/30 追加)



http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/2015/04.htm

*1:家政婦ジョナにスコップで反撃されたスティーブは、騒ぎを聞きつけたカレン(ジュリエット・ルイス)に“一五歳だと言ってた”みたいな言い訳をしてました。ココはホントに可笑しかった。一四歳と一五歳の違いなんてどこにあるんでしょう?こういう男に引っかかってしまうカレンの弱さと、それでも自分の選択を背負う女の強さを、久々のジュリエット・ルイスが魅せてくれました。

*2:いとこ同士の間違いでした、ごめんなさい