ブルージャスミン(ネタバレ)/片手にバーキン、唇にトランキライザー

宙を見上げても、月はもう見えない

ニューヨーク(東)での豪奢な生活から一変、家族も財産も失った女が、たった一人の身内を頼りに、妹の住むサンフランシスコ(西)で新生活を始めます。ジャスミン(ケイト・ブランシェット )と過去と現在(東と西)をシームレスに繋げる編集が、彼女の結婚生活はとっくに破たんしていたことを徐々に明らかにしていくんですね。ジャスミンの女友達、妹、義理の息子、あろうことか妹の元夫までが、ジャスミンに対して”見て見ぬふりをしている”と繰り返し発言しています。
夫ハル(アレック・ボールドウィン)の度重なる浮気、”夫の仕事(表向きはファイナンシャル・プランナー)についてはちんぷんかんぷんなの“と言いながら、薄々はその危なさにも気づいていたのに、自身の口座まで差し出す(夫に勧められるままに書類にサインしている場面がありました)。贅沢三昧の生活を支える足元は意外に脆く、薄ーい板一枚程の厚みしかない。彼女が現実を直視せずに“見て見ぬふり“をするのは「虚構」=夢を壊さない為なんでしょう。
虚構と現実の境が曖昧になるのはウディ・アレンらしい主題の展開で、惨めな境遇から救いの手を差し伸べてくれる白馬に乗った王子さま(笑)を探すために姉妹共々参加したサンフランシスコでのパーティ以降のカットバックが如実に物語る、辛い現実を受け入れられずに徐々に精神を病んでいくジャスミンと、質素な生活で、一見現実にしっかりと立脚しているように見えて、一切の努力もせずに、ただあるがままの現実に迎合するだけの妹ジンジャー(サリー・ホーキンス)*1を対置させることで、ジャスミンが虚栄心だけで嘘を重ねていく痛いだけの女*2になってしまう所から救ってると思うんですよ。熱烈にジンジャーに言い寄る(ほとんどセクハラですが)歯科医師の気持ち悪さとか、タカビーな女(歯科医は医師よりもランクが落ちる)の我儘だけで歯医者を受け入れないわけではないんです。あれじゃ無理ないわ。。


虚構=夢見がちなのはジンジャーだけではないと思います。夫のハルは10代の留学生にのぼせ上り「真実の愛」とやらに生涯で初めて巡りあった!になっちゃいますし(ウディ・アレンのプライベートに関する自虐ネタかと思いましたもん)、全財産をハルに使いこまれてしまった妹の元夫の怒りは分かるけど、そもそも6~7%の運用益ですら怪しいのに、20%の年利に疑いを抱かない雑な経済観念にはちょっとついて行けないです。勿論騙す方が圧倒的に悪いには違いないけどね、簡単に騙される方にも問題はあるんじゃないかなぁ。妹の元夫も、偶然手にした賞金と起業の夢に舞い上がってしまって、そこにつけ込まれちゃったんですよね。彼は酔っぱらうと、面白くもないポーランドジョークを話すそうなんですが、エリア・カザン監督『欲望という名の電車』に対する目配せなんでしょうか*3。。
ジャスミンの新恋人、絵に書いたような上流階級出身者ドワイトも、演じたピーター・サースガードの夢見がちなキラッキラの瞳を見ていると『17歳の肖像』で天才的詐欺師デイヴィッドのイメージが思い出されて、政治家の目差すようなリアリストとは程遠い、この男性も夢見がちな人なんだろうと思えました(嘘で固めたジャスミンの経歴を、婚約を決意するまでに一通りは調べないなんて考えられない。政治家にとってスキャンダルは命取りですもの)。

トランキライザー(精神安定剤)とアルコールを同時に口にする、ブレーキとアクセルを一緒に踏むような無茶な生活と、ドワイトとの婚約破棄で完全に毀れてしまったジンジャーは、シャワーを浴び濡れたままの髪とノーメイク、ヨレヨレのシャネルのまま一体どこに向かうんでしょうか。厳しい現実に心折れそうになる度に、現実を虚構=嘘で上書きし続けてきた彼女には、ハルとのロマンチックな思い出の曲『ブルームーン』の歌詞さえも思い出せなくなってるんですよね。虚構(夢)が壊れてしまって、その残骸だけが意味も分からずに記憶に残るって残酷だなぁ。。
ケイト・ブランシェットのノーブルな美貌と相反して、飾らない妹の、ちょっとだらしない所が結構ツボで(笑)、男関係の緩さがそのまま彼女の緩さにもつながっているんですよね。ドワイトに振られ、よろけながら車から降りても、薬の副作用でびっしりと脇に汗をかいてても、毅然とした後ろ姿を必死で保とうとする姉と違い、男の機嫌を取るために一緒になって姉の悪口を並べる、その事に関して自覚もない妹の残酷さに気づかないで済んだのは幸せかもしれないと、ちょっと意地悪目線で見ちゃうくらい、サリー・ホーキンスの上手さを再確認できた作品でした。
『ジャスミン』は夜に咲く花なのに、殆ど夜景が登場しなかったのも印象的でした。名匠ハビエル・アギーレサロベの手によるオレンジがかった温かみのある色調が生きる昼ばかりでしたもの。ジャスミンは初めからいなかったのも同然ということなのかしらん?と妄想しています。








*1:妹のBFは、激昂して電話を壊すかと思えば、見捨てないでくれとジンジャーの職場まで押しかけて泣き出してしまう人。ジャスミンの見立て通り、彼は第二のオーギー(元夫)になる可能性は高いと思います。唯、愛と依存については不可分の領域があるから、難しいんですよね

*2:学歴も中途半端で、実社会でのキャリアも積んでこなかった女が目指すのがインテリアコーディネーターだってところが一番痛かった。芸術性(アート)と俗世界の金銭欲、それなりの見栄えの良さとなるとこういった職業に憧れるんでしょうか

*3:マーロン・ブランドが演じたスタンリー・コワルスキーはポーランド系。