三人のアンヌ(ネタバレ)/雨の日は傘をさして

ライトハウス(灯台)はいらない?

初のホン・サンス作品。レンタルで見ました。
監督がリスぺクトしている「エリック・ロメール」だぞ!っと言われりゃ、確かにそうだよなぁと妙に納得してしまうんですが、美しい海辺を舞台装置に、男女の機微やすれ違いを描いたロメール作品とはおよそかけ離れた、何の変哲もない海岸が登場します。同じアジアに住む日本人が見ているという事を差っ引いても、相当ひどい撮り方なんですよ。審美的な海のカットなんてほとんどないに等しい。イザベル・ユペールがペンションのベランダから海を眺め“美しいわ”なんて言うものの、画面に映ってるのは、せいぜいが干潟の一部くらいで(最初、どこかの工事現場かと思いましたもん)、何がどう美しいのかさっぱり分からない(笑)。撮りたいものは男と女がいる風景やその関係性の方なんでしょうね。フィックスの多用と長回し、そこに突然カメラが何度かズームしたりもするものの、動的な感じはしない、ゆるゆるした作品です。

映画監督の役柄を登場させるためなのか、フランスを代表する演技派女優に焼酎を瓶ごとがぶ飲みさせて、何度も“ふぅー“(「うぃー、焼酎は効くぜー!」って言ってるみたいです)と言わせたり、ヤギの鳴き真似をさせたいが為なんでしょうか、映画学校に通う若い女の子が書いている映画の脚本なんだとかなり無理な設定を持ち込んでます。脚本家を登場させたことで一応メタフィクションの構造にはなってますが、あんまり関係なさそう…。親戚の借金を押し付けられた、男にひどい目にあわされた女子が脚本の中で韓国の男どもに復讐すしてるんじゃないかと思えるくらい、登場人物の男性の扱いはひどい━脳筋のライフガードに、嫉妬深く、自意識過剰の映画監督(第2話の人)、浮気性の映画監督ですもの。その代りと言っては何ですが、作品全体を覆う即興的な軽さが、大女優イザベル・ユペールから他作品ではなかなかお目に掛かれない可愛らしさを引き出していて、ここは眼福でした。

異国の地で、異邦人が陥るコミュニケーションの「ずれ」から、孤独や疎外といったテーマ性を汲み取ろうにも、 緩いコメディで何度も脱臼するので、いつのまにかどーでもよくなってしまいます(笑)。それぞれの事情から海辺に引き寄せられた女たちは、人生の岐路に立たされていて、ライトハウス(灯台)=人生の指標を探してるのでしょう。でも、誰もその「灯台」には辿りついてないんです。第2話の人妻(赤)だけが灯台を見つけますが、これは彼女の幻想(夢)だと思います。で、脳筋男ライフガードと寝るのか寝ないのかが全話通しての焦点となり、最終的に第三話のおんな(緑)がそれを達成するんです。
情事の後、ぐぅぐぅ鼾かいて眠ってる男の鬱陶しさを(しかも、リゾート地のコテージならまだしも、公園のトイレ脇の簡易テントでですよ。イザベル・ユペールが纏うイメージとの落差でニヤニヤしちゃいます)━ちゃんと見せてくれますから、ココは拍手したいくらいでしたね。行きずりの情事でエネルギー充填した女は、何故か虚構(脚本)上の全能知を与えられ、第2話のおんな(赤)が隠した雨傘を見つけだし*1、雨の中を軽やかな足取りで去っていく、奇妙なお話しではありますが…。

*1:第三話のおんな(緑)が浜辺に捨てた焼酎の瓶が第一話のおんな(青)のパートに出現したりもします。微妙にリンクしていくんですよね