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グレート・ビューティー 追憶のローマ(ネタバレ)/どこにも辿りつけない電車

俗物の王

古代ローマの象徴、コロッセウムやサン・ピエトロ大聖堂のドームをはじめとする歴史的建造物や美術品の数々、その全てを理解する事は日本人には中々難しくても、綿々と続く人間の愚かしくも滑稽で、されど崇高で猥雑な堆積物の上に築かれた「永遠のローマ」に埋没する至福の141分でした。撮影に使われた名所巡りはhttp://greatbeauty-movie.com/location/にも掲載されてますので、ご参考までに。ココ以外にも相当数ありそう。。例えばポスター画像はカピトリーノ美術館にあるマルフォーリオhttp://eiga.com/news/20140421/14/ですし、彼がヌードダンサーと訪れる深夜の美術館でしばし目に止めたのが国立古典絵画館(バルベリーニ宮)にあるラファエロの「ラ・フォルナリーナ」です。*1*2


冒頭、フランソワ・オゾンの『危険なプロット』にも登場していた“呪われた作家”セリーヌの自伝的小説『夜の果てへの旅』の一節で始まり、エンドクレジットでテヴィレ川の風景で終わる本作。川をゆったりと下る光景がそのものずばり、人生の隠喩なんですよね。
政治、カトリック、芸術等、ローマに内包され、豊かな陰翳を形作る美と、それらと不可分に結びついている虚無から伸びる誘惑の魔手から逃れる為に、持って生まれた才能をひたすら浪費し続けるジェップ(トニ・セルヴィッロ)を通して見え隠れする重層的なローマ(しかも、その全容は決して掴めない)と、彼自身の彷徨える魂の旅を描いた作品で、コロッセウムに隣接した豪華なコンドミニアムのバルコニーで、夜通しパーティーに明け暮れては、ハンモックに横たわり、手にしたスコッチグラスと共に優雅に「黄昏れてる」、とってもおしゃれなおじ様。
狂騒的な自暴自棄に身を浸しながらも、決して自分を見失ったりはしていないんです。彼の矜持がそれを決して許さないんでしょう。ピカレスクロマン的韜晦の現身から不意に目覚めた様に真摯な言葉が溢れだしもする*3、彼自身が矛盾の塊なんですね。生活の為に自尊心を安売りする必要がないからなんでしょうが、聖と俗、冷静と情熱、相反するものに引き裂かれているというより、矛盾そのものがイタリア的と言った方が良いのかも。。一番印象的だったのが、旧知の伯爵夫人の息子の葬儀のシークエンス。“(葬儀での)涙は遺族のもの、それを奪ってはならない”と言いながら号泣してるんですもの。


旅の水先案内人となる女性達は、幼い修道女見習いや彼の記憶に登場する(コンドミニアムから「見下ろして」いた迷路のような幾何学式庭園)女たち、ヌードダンサーのラモーナ(サブリナ・フェリッリ)との魂のふれあい(通俗の極みともいえるヌードダンサーとの間には、純粋な友愛が成立していた)、齢100歳を優に超えた老修道女、忘られぬ初恋の君、彼の人生に束の間現れては共鳴しあい、やがて消えていく美しい女たちからフェリーニ的なモチーフを連想してしまうのは仕方がない。『甘い生活』や『8 1/2』に登場するフェリーニの分身たるジャーナリストや映画監督を取り巻く女たちの存在感は本作にも反映されていて、特に1964年生まれの50歳(撮影時はもう少し若かったでしょうが)で大胆なヌードを披露したサブリナ・フェリッリの日焼けした肌、夜道ですれ違う伯爵夫人の後ろ姿にはうっとりしました。


フェリーニの『甘い生活』の冒頭、ヘリコプターで吊るされたキリスト像を捉えた画が、喧噪の高級キャバレーへと繋がっていくのと同じく、本作では、荘厳な合唱曲「I Lie」がディスコで嬌声を挙げる女へと繋がれます。キリスト像とヘリコプター、宗教と近代とで成り立っていた「ローマ」は、観光客が蔓延る通俗な街へと、その観光客(←日本人なんですよ、結構、手厳しいです)を幕開けとする「死」への恐怖を振り払うかのように、爛熟の倦怠に自ら身を沈めてるジェップのスケベ顔に変わっていますが(笑)。
フェリーニの名を挙げるなら避けては通れないカトリシズムに関しても、相似点はあります。次期法王候補のひとり、枢機卿(マルコ・ベロッキオ作品でお馴染みのロベルト・ヘルリッカ が演じてます)、美食家でいつも料理の事ばかり話してる、運転手つきのリムジンに乗った俗物なんですが、清貧というより極貧を「生きる」老修道女との対比に、カトリックの制度上の虚飾や堕落を見るのは容易だと思います。

主よ、あなたがわたしを惑わし わたしは惑わされて あなたに捕らえられました


政治的な思惑があっての事か、第三世界(西アフリカのマリ)からバチカンに呼び出された老修道女。“貧しさは語るためではない。貧しさは生きる為だ”“私が草の根を食べるのは、「根っこ」は大事だからです”(←うろ覚えですが)の言葉や、バルコニーでの鳥寄せの秘儀(笑)から、私はどうしてもアッシジの聖フランチェスコを連想してしまいます。老シスターは無数の鳥たちの“全ての洗礼名を知ってる“と話してましたが、彼女がふぅーと息を吹きかける、“息吹き”による魂の浄化は、それが崇高な聖性に支えられたものなのか、キリンを消すトリックと同列の「まやかし」なのか判別し辛い「つくりもの」めいたCG臭が感じられ、一元的なものの見方を避けたいんでしょう、合成っぽい画作りはあえて選択されたんじゃなかろうかと。。彼女も、高貴な聖性と庶民を熱狂させる、普遍的通俗性が同居している不思議なご婦人でした。


圧巻は終盤です。中央奥に磔刑のキリスト像を配した長い階段は、一点透視図法で撮影され、消失点は勿論、中央のキリスト像。この単純で奥行きのある、力強い構図には鳥肌が立ちました。
老体に鞭打ち、不自由な体を折り曲げながら一段、また一段と階段を登っていく姿は、老修道女の「人生」の具象なんですよね。首から下げたロザリオの重さ=信仰の道の厳しさで、身体は撓みその歩みは遅くとも、彼女の眼差しは前方にあるイエスを常に見上げ、決して揺るがない。
「遠近法」が絵画に取り入れられたのは、サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂(フィレンツェ)のマザッチオ作『聖三位一体』*4が最初だと言われています。遠近法は平面の上に立体を表現する、二次元の世界に三次元を創出するための「トリック」的な技法でもあるんですよ。「消えるキリンのトリック(キリンはジェップの目の前から掻き消えましたが、完全に消えたわけではない。鳴き声が聞こえてましたから)」やパラッツォ・スパーダの騙し絵的な通廊の事*5もありますし、俄然、遠近法が気になってます(笑)。兎に角、あの絵画がどこにあるのか、作者は誰なのかが知りたくて…どなたかご教授いただけたら幸いです。


で、この場面に対置されてるのがジェップの過去への旅です。2012年1月13日、イタリアのジリオ島付近で座礁したコスタ・コンコルディア号*6を崖の上から見下ろす場面があったり、何故、この船が登場するのかがいまいちよく分からなくて…。
灯台を頂く崖には階段が設えてあり、彼は初恋の女性との邂逅を幻想世界で果たします。死とノスタルジーに囚われていたジェップが、自分より遥かに長く生きている老修道女からの叱咤(104歳から見れば、65歳なんてまだまだひよっこでしょう?)から再び生きる情熱を取り戻す━彼が見上げる思い出の地には昏い夜を照らす「灯台」があり、人生の終盤に訪れた希望の灯はささやかであっても、その光を求め追う事で残された日々を紡いでいく他ない、そのための「まやかし」=幻想なら受け入れる決意をしたジェップには、もう迷いはない筈。横たわり(‘I Lie’)「見上げた」*7天井には、いつでも海=初恋の人を思い描くことが出来るのですから。。


そうそう、ジェップのコンドミニアムの上階に住んでいた人物はマフィアだそう*8これにはびっくりしました。ココにもトリック(まやかし)はありそうですねぇ。
登場人物のほとんどがお金持ちで、世界を切り取って魅せるのには、上流階級に対する風刺や批判精神*9だけではアンバランスな歪さがあって、フェリーニのカーニバル的カオスより、こじんまりした行儀の良さを感じてしまったのも正直な感想なんですが、削除されたシーンを見ていたら、ホームレスらしいおじさんが登場してるではありませんか!ココ、本編と一緒に見たかったです。

[http://
[http://La Grande Bellezza - Scene tagliate - YouTube

*1:http://eigato.com/?p=19286

*2:http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/raphael_fornarina.html

*3:政治の中枢に寄生している作家との舌戦はシルヴィオ・ベルルスコーニ首相時代なればこそ

*4:http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/masaccio.html

*5:建築家、ボロミーニによる「遠近法の間」という、9メートル程度の奥行がその4倍近くに見える目の錯覚を利用して作られた廊下があるhttp://greatbeauty-movie.com/location/

*6:http://it.wikipedia.org/wiki/La_grande_bellezza

*7:ジェップが見下ろす風景━コンドミニアムでの迷路のような幾何学式庭園、崖から見下ろすコスタ・コンコルディア号等、その視線の先ににはメランコリーが宿ります。彼が見上げる時━ベッドの天井、終盤の灯台のある海岸等、幻想に身を委ねる解放感があります。それがまやかし(トリック)であったとしても、そこが彼の「根っこ」なんですね 9/6追加

*8:http://www.imdb.com/title/tt2358891/trivia?ref_=tt_trv_trv:During the arrest scene, Jap Gambardella discovers that his mysterious and well-dressed neighbor is called Moneta and that he works for an organization that "keeps Italy going". Being 'moneta' also the Italian word for 'coin', this character is clearly based upon the real-World Cosa Nostra leader Matteo Messina Denaro (whose family name, 'denaro', is the Italian word for 'money'). As of May 2010, Denaro ranked among the ten most wanted fugitives in the world according to Forbes magazine.

*9:上流階級のマダム達が押し掛ける美容整形の医師は、患者との関係を「旅」に擬えてました。