読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

誰よりも狙われた男(ネタバレ)/世界の平和のために

the show must go on


冒頭、古くからの港湾都市ハンブルグにあるアルスター川の風景、決して水底を窺い知ることの出来ない濁った川面から、まるで生まれ落ちたかのように這い上がってきたムスリムの青年イッサ・カルポフ(グリゴリー・ドブリギン)。かたや、長年インテリジェンスの世界で面々と続く終わりなきゲームに倦み疲れている上に、手塩にかけて育て上げた情報網をCIAの横やりで潰された過去があるドイツ人のギュンター・バッハマン( フィリップ・シーモア・ホフマン)。彼がスコッチウィスキーと煙草を手放さずにいるのは、悪臭を放つ濁った水面下でのスパイ戦から、やっとこさ顔を突き出して一息つける唯一の浮標 でもあるんでしょうね。それ以外に正気を保つ方法を見つけられずに今日まで来てしまった孤独な男の輪郭が浮かび上がるのに連動して、ジハード主義の過激派テロリストとして国際指名配されていたイッサの出自━ロシア軍部の父と、レイプされた挙句、イッサを産み僅か15歳で亡くなったチェチェン人の母。二つに引き裂かれていた彼のアイデンティティがスパイ戦の緊張の中、徐々に鮮明になる構成には唸りました。


面白いなぁと思ったのはイッサだけではなく、アブドゥラの息子までもが、それぞれ親から受け継いだ有形、無形の財産(遺産)を否定、放棄することで自らのアイデンティティを確立しようとしている所です。
イッサは暴力的な父(ロシア)を否定し、チェチェンのムスリムとして生きようとしますし、アブドゥラの息子はドイツ国籍を元に、イスラムの信仰を持ちながらも新しいヨーロッパ人としていきたいと願います。どちらもネイションで一括りにされるアイデンティティよりも、9・11以降に誕生した新秩序の狭間で自分達の立ち位置を模索していくんですね。
一方、バッハマンの方は、9.11以降、アメリカ主導で行われる対テロ戦略、テロという暴力行為に同じく暴力で対抗する新秩序の誕生と、過去にCIAに情報網を潰された恨みつらみから、彼をより古い時代、東西冷戦下でのインテリジェンスへの執着へと向かわせているような気が…。
しかも、諜報活動の一環ではあっても、内通者(裏切り者)は彼にとって家族も同然だったんじゃないか、アブドゥラの息子との抱擁シーンを見ていると、これが偽りの友諠とは言い切れない空気を醸し出していて、分裂した、複雑な男の内面を匂わせるフィリップ・シーモア・ホフマンの上手さが光ります。
イッサの母に対するまじりっけなしの愛情に対抗できるだけの、汚れ仕事に長年手を染めてきた孤独な男の思いがけないピュアネスじゃなかろうかと…。少々、ロマンチックですが、私はそう受け取ってます。


東西冷戦下での最前線だったドイツが9・11の実行犯、モハメド・アタを生み出してしまった苦い経験は、国家の面子を丸つぶれにするだけの破壊力があったのでしょう、第二のモハメド・アタを生むな!とのCIAをはじめとする国際社会からの圧力は、同じドイツの諜報機関のモアとバッハマンとの対立にも如実に表れます。
ターゲットとなる組織内に放った裏切り者をエサに、さらに上のターゲットに近づく「エビで鯛を釣る」手法は、いわゆる「埋伏の毒」と同じで、古今東西、あらゆる国家の歴史を叩けばボロボロ出てくるお馴染みのスパイ活動なんですが、近年、最も盛んだった(少なくとも小説などでは)冷戦構造下の緊迫した時代の空気がバッハマンに憑りつき「亡霊」となって甦ったかのようで、やっぱりスパイ戦は裏切りがないと面白くないなぁと、改めて納得したりもしました。


イッサを巡るアメリカ(新秩序)とヨーロッパ(旧秩序)の対立は、どちらも世界をより安全な場所にするためと称し、表面上はにこやかに話しながら水面下では腹の探り合いをやってる、マーサ・サリヴァン(ロビン・ライト)とバッハマンの面会場所のひとつが、超高層ビルだったのには感心しました。ビルの窓の浮かぶ先行きの見えない曇天がまさに両陣営が対峙するインテリジェンスの世界なんですよね。
終盤、CIAの裏切り(トンビに油揚げをさらわれたも同然)にあったバッハマンと、マーサとの視線の交差(しかも2回!)にはゾクゾクしました。
『ラスト・ターゲット』でもそうだったんですが、アントン・コービン作でキャスティングされる女優さん、とっても好みなんですよ。先に触れたロビン・ライトは勿論の事、ニーナ・ホスが良いです!。『東ベルリンから来た女』にも主演していた彼女、長身のクールビューティーですけど、それだけじゃない、匂うような大人の色香が滲みだす瞬間があるんですね。彼女と並ぶと レイチェル・マクアダムス が女子大生くらいに幼く見えてしまう場面も…。
ラスト、車のフロントガラスの向こうに文字通り「消えていく」完璧なフレーミングに、フィリップ・シーモア・ホフマンとのお別れがこんな形で訪れるとは、数か月前までは想像もできなかったけど、なんだかんだ言っても作品を通して記憶にしっかり残すことが出来て、本作には感謝したい気持ちで一杯です。個人的なお別れの儀式にはなったかなぁ。。