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プリズナーズ(ネタバレ)/アリアドネの赤いホイッスル

fatherの条件


『灼熱の魂』灼熱の魂(ネタバレ)/笑わない女が歌うのは… - 雲の上を真夜中が通るのドゥニ・ヴィルヌーヴ監督と、現時点での最高峰の撮影監督のひとり、ロジャー·ディーキンスがタッグを組んだ作品、レンタルで観ました。


ある日突然、愛する我が子を誘拐され、追い詰められた挙句に暴走する父ケラー・ドーヴァー。感謝祭の饗宴がライフルで仕留めた血の滴る鹿の生肉、人並み以上に篤い信仰心と来れば、アメリカのキリスト教右派(Christian fundamentalism)をイメージしがちなんですが、私は寧ろ、ケラーの父親の自殺と、アルコール依存症に陥ったものの神の導きにより「born again(霊的に新たに生まれ変わること)」した経験を持つ福音主義者( Evangelicalism)の方を意識しちゃいました。この両者の区別は中々に難しいでしょうけど…。
同じく、子供をガンで亡くしたのを契機に信仰を捨て、神に挑む戦い(他人の子供の誘拐し、神に対する信仰心を打ち砕く)に囚われたホリー・ジョーンズ(メリッサ・レオ)とその夫。この二つの家族は「子供を喪失する」破格の苦しみ=この世の牢獄に囚われた人達なんですね。


ケラーは信仰に目覚める事で一見、過去のトラウマ(父の自殺と過度の飲酒)と決別したように見えるのですが、父が自殺した実家を解体するでもなく(人に貸せば、修繕費がかさむと話してましたが)長年保有し続けたのは、彼にとって、この場所(ポール・ダノ を監禁、拷問した古家)が自己の内面深くに穿れたラビリンス(迷宮)に等しいからじゃないかと思います。篤い信仰でお化粧された彼の仮面の下には、未だ癒えぬ古傷が悪臭を放ちながら膿み続けているんじゃないかと。。
監禁場所にココを選んだのは、人目に付きにくい場所だけじゃなく、深層心理に突き刺さるトラウマ的場所だからなんでしょう、理由は何であるにしろ、家族を見捨てて勝手に死んでしまった「弱い父親」像が、ケラーを何が何でも家族を守る、サヴァイバル術に長けたマッチョな「強い父」のイメージへと追い立て、娘が誘拐されたのをきっかけに、良心の境界を一気に超えてしまったんだと思います。実際、娘が誘拐され精神的に参ってしまい、何のアクションも起こせない妻の一言“貴方と一緒にいれば安心できたのに、家族を守ってくれると信じていたのに”で、暴走し始めましたもん。彼を駆り立てる「強い父」の理想像の根元には、未だ解決されずに残っている「弱い父」が住まう迷宮が残されているんだと思います。


ホリーの夫が固執していた迷宮は、子供を失った悲しみが産み落としたもの。迷宮のパズルを解くことが出来た子供(ボブ・テイラー)は、記憶を失わせた後に無事解放している所から、この夫妻はラビリンスの神秘主義的な側面━ヘビ(サタンの化身でもあり、入り組んだ迷宮の図像的シンボル)の導きにより、暗闇を潜り抜ける通過儀礼の後、born again(新生する)に憑かれちゃったんでしょう。神父に自ら出向き、表向きは告解(懺悔)の体裁を執りつつ、実態は神への挑戦状をたたきつけ、挑発し、この世の地獄を知らしめる。自分達が地獄(子供を失う苦しみ)を味わった腹いせに、他の親までも地獄に叩き落としてやる!なんですものねぇ、だからと言って同情する気にはなれませんけど。
ホリーの夫を殺害した聖職者が「father」と呼ばれていたのは皮肉ですね。この神父さんはペドフィリアで、彼の内部にも光が差さない暗部=迷宮があります。アメリカが理想とする「父」は、それぞれが内包する闇の上に成り立ってるのですから。。


原題が『PRISONERS』と複数形なのは、本作には迷宮に囚われた人物が多く登場するからでしょう。古びたRV車に心を捉えられているポール・ダノ、彼には犬を虐待せずにはいられない闇を抱えていますし、子供用の棺桶を模した容器にヘビと血の着いた衣類を入れ、生贄の再現をやっていたもう一人の青年も、消し去ることの出来ない闇に捕えられた、ジョーンズ夫妻の犠牲者でした。
一番面白かったのが、中産階級(少なくともドーヴァー家よりは裕福そう)でリベラルっぽいバーチ夫妻の変容です。拷問の共犯者にされてしまった夫フランクリン( テレンス・ハワード)が良心の呵責と娘を助けたい思いとの間で思いっきり揺れ動きグダグダになっていくのに反して、妻ナンシー(ヴィオラ・デイヴィス )は冷静に現実を受け止め、その上でケラーの暴走を黙認する形で、この事態を肯定してしまう所です。
ヴィオラ・デイヴィスが本来持ち合わせてる明るいイメージに助けられてますが、この奥さん、私は結構、怖いんですよ。
エヴァンジェリカルが大統領選の大票田となったアメリカの政治と、腰砕けの「善意」のリベラルといった対立軸を持ち込んでも成立しそうな気がします。私には、ジェームズへの拷問シーンがアメリカが行ってきたテロリ容疑者に対する人権無視の拷問と重なってるように思えて、仕方がなかった。


終盤、怪物ミノタウロス(ジョーンズ夫妻)の迷宮は、古ぼけた車の下に穿れた穴として立ち現われます。この穴に落とされた(堕ちた)ケリーは、娘が残した赤いホイッスルによって救い出される(ロキ刑事の耳に届く微かな笛の音)可能性を残したラストですが、アリアドネの糸はこのホイッスルなんでしょうね。
ミノタウロスの迷宮、全能の神対サタンの二項対立(代理戦争)に北欧神話のトリックスター「ロキ」、フリーメイソンの指輪*1と言ったガジェット を並べ立てられると、出来の悪いモダンホラー風味のサスペンスになってしまいそうな所を、的確で落ち着いた演出とロジャー・ディーキンスの撮影で随分と、救われたんじゃないでしょうか。
古びたRV車の窓からのPOVとケリーに捕えられたアレックスのシャワー室からわずかに覗く目のインパクトには唸りました。最初のPOVがあるから、シャワー室での目が同じ犯人のものだというミスディレクションを呼ぶんですよね、ホント上手いなぁ。。


ペンシルヴァニアの荒涼とした風景、冷たい雨と、背後からゆったりと忍び寄るカメラの動きが醸し出す緊張感とで、緩みのない端正な作品に仕上がっています。カメラが陰惨な事件を生んだアメリカの田舎町を雄弁に補完してますよね。
中でも、行方不明になった子供たちの為に催されるキャンドル集会の灯、毒物を注刺され生死の境を彷徨っていた子供を助ける為、視界不良の中、幾重にも滲むテールランプの光の帯(これも一種の迷宮なんでしょう)から「Emergency 」の看板=アリアドネの糸を見つけ出すシークエンスには映画的なエモーショナルがあって、ドキドキしました。

*1:http://www.imdb.com/title/tt1392214/trivia?ref_=tt_trv_trvDetective Loki (played by Jake Gyllenhaal) is clearly visible in many scenes wearing a Freemasons ring on his left hand