インターステラー(ネタバレ)/見上げてごらん夜の星を

引力からのエクソダス

IMAXを含め、2回観て来ました。中々筆が進まなかったのは、終盤の展開━アメリア(アン・ハサウェイ )の御信託(信念と言った方がいいかも)通り、余剰次元で「愛=重力だけが時空を超える」現象シーンが未消化だったため。ボルヘスの「バベルの図書館」の構造とよく似た時空間で、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』にも影響を与えたと言われています。『薔薇の名前』に登場する文書館の隠し部屋「アフリカの果て」が、中世ヨーロッパを中心としたキリスト教圏から疎外された周縁の地域に最も優れた科学、文学、哲学、医学の神髄(その代表がアリストテレス著「詩学」第二部)を内包した「異端」の輝かしき「知」の迷宮が潜んでいたことを暴く大仕掛けに陶酔した経験があって、本作にも何かあるんじゃないかと、必死で目を凝らしましたが、いかんせん、ココには物理学という巨大な壁が立ちはだかり、未だによく分かりません(爆)。

このシークエンスでの撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマのお仕事ぶりは素晴らしい。『ぼくのエリ200歳の少女』や『裏切りのサーカス』でも見受けられた、中央付近の焦点以外周囲がぼやける画(うまく言語化できないのですが)が本棚の部屋で現れます。子供時代のマーフの部屋はクリアで明るく、その境界は透明度を保ちながらぼやけているのに対し、現在の時間軸にいる成長したマーフ(ジェシカ・チャステイン)の世界は落ち着いたマットな仕上がり。 3次元空間を多次元に見せる構造上のトリックにもワクワクしましたが、『インセプション』にもあった、鏡像が無限増殖していく、めまいにも似た感覚は映像でしか味わえないもの、ココは眼福でした。



前に進むには後ろになにかを置いていかなければならない

ニュートン力学が時間を絶対的なもの、宇宙のどこでも時間は等しく流れるものという仮定を出発点にしているのに対し、空間や時間も絶対ではないと仮定する世界は、常日頃、時空間の因果律の囚人である3次元空間の私たちから見ると、ある種の魔法、ファンタジーに近いです。時間と空間の無限とも思える重なりを凝縮した多元空間、クーパー家の本棚(バベルの図書館)とその裏側を結ぶ「重力」のモチーフは、ココ以外にも何度も反復されており、ぶっちゃけ「重力」作用とその反作用の反復によって成り立ってる作品なんですね。

地球環境が悪化し、住めなくなった母星を捨て未知の惑星へとエクソダスする人類移転計画の前にはだかったのは物理的な重力作用ばかりではないです。
冒頭、インド空軍の無人偵察機を我を忘れて追いかけるクーパー(マシュー・マコノヒー)とマーフ親子、父の命令を従順に守り、そこから逸脱する事を恐れる長男。空を「見上げ」心を飛翔させることが出来る父娘と違って、長男の眼差しは「空」には向かわない。これは成長し一家を構えた後も、家族が砂塵の副作用から病気に罹っても父から譲り受けた土地にしがみついて離れることが出来ない長男の性格にも繋がります。空を見上げることを知らない長男には、母なる星の引力に捉えられたまま、この地で朽ち果てるつもりだったんでしょうね。

クーパー(マシュー・マコノヒー)がトウモロコシ畑の中の一軒家(開拓民のスピリットの残骸)を後にし宇宙に飛び出す場面で、車の側面から後方の我が家を捉える、奇妙に歪んだ画がとっても印象的だったんですが、住み慣れた我が家に残していく家族に後ろ髪惹かれる思い━彼を捉えるもうひとつの重力と、人類の未来の為に宇宙に飛び出していかなければならない思い、二つの力に引き裂かれた結果が、歪みとして視覚化されてるんだと思います。

人類の夢を託されたマン博士とクーパー、地球に残されたマーフとその兄とのパートをカットバックで見せてるのは、マン博士の生への執着と長男の土地に対する執着(父から留守を託された長男が背負ってしまったもの)と対置してるからでしょう。人が抱く様々な執着が重力場となり、結果、その時空間に囚われてしまうのに対して、クーパー&マーフ親子には「トウモロコシ」をなぎ倒してでも前に進む勇気(狂気ともいえる)があります。重力の解を得たマーフが研究施設で書類を放り投げるのも、重力からの解放だし、老いたるブラックホール「ガルガンチュア」、その名が示す貪欲な大食漢にシャトルを与え、エドマンズの惑星までの推進力を得るのもそう。後方に捨てていく勇気が前に進む推進力に化けるんですね。

クリストファー・ノーラン作品のミューズ、マイケル・ケイン はそろそろ引退を考えておられるようで、お芝居の中とは分かってはいても、サー・ケインの車いす姿を見るのはちょっと辛かった。サーケインの美声で朗読されるディラン・トマスの詩にはさすがにグッときましたが。。
当初、ジョナサンノーラン脚本で、スピルバーグが監督する予定だった事。スピルバーグ案件なら家族愛が際立つのも、未来に向けての希望を臆面もなく堂々と描くのも、私は納得できます*1
アン・ハサウェイが演じた「アメリア」は、アメリカの女性パイロット、アメリア ・イアハートにちなんだもの*2
人類を死の淵に追いやる砂塵は1930年代、アメリカを襲ったダストボウルがヒントになっており、作品の中でそのドキュメンタリー映像が使用されているらしいこと*3
等々、挙げればきりないくらいImdbのトリビアは充実してますので、一読されると良いかも…。

Interstellar (2014) - Trivia - IMDb



*1:Steven Spielberg, who was attached to direct the film in 2006 and hired Jonathan Nolan to write the screenplay, chose other projects instead. In 2012, after Spielberg's departure, Jonathan Nolan suggested the project to his own brother Christopher Nolan.

*2:Anne Hathaway's character is named Amelia. This may be a nod to famous pilot Amelia Earhart who, like Hathaway's on-screen persona, was a woman who went further than any other person in exploring and flying.

*3:After watching the documentary The Dust Bowl (2012), Christopher Nolan contacted its director Ken Burns and producer Dayton Duncan, requesting permission to use some of their featured interviews in the film.