アメリカン・ドリーマー 理想の代償(ネタバレ)/廃馬とそれを撃つ側

移民の第2波

財政は破たん寸前、警察組織にまで汚職が蔓延り、治安が悪化。お金持ちたちは安全を求めて「郊外」へ脱出していった1981年のニューヨークが舞台。ロシア系ユダヤジェームズ・グレイ監督の『裏切り者』も本作と同時代の作品ですよね。ニューヨークの治安が悪化した原因はそう単純ではないでしょうけど、要因のひとつにヒスパニック系(ラティーノ)移民の増加が挙げられるんじゃないでしょうか。『裏切り者』に登場するホアキン・フェニックスはヒスパニック系で、ジェームズ・カーンの経営する会社での汚れ仕事、大物政治家も巻き込んだ贈収賄に関わる実行部隊を任されていました。本作のアベル・モラレス(オスカー・アイザック )もヒスパニックです。

20世紀初頭、アメリカに渡った移民たちは主に南欧、東欧のホワイトエスニックと少数のユダヤかアジア系。西部開拓時代より遅れて*1アメリカに渡った移民たちは、仕事を求めて都市部に留まり、それぞれ特色あるエスニック集団を形成。プロテスタントの信仰を持つ北欧、西欧出身の移民先発組から差別を受けながらも彼らが安価な労働力の供給源となり、20年代の経済繁栄を支えたんですね。

本作でアチコチで引き合いに出されてる『ゴッドファーザー』2部作のドン・ヴィトー・コルレオーネ(マーロン・ブランド)はイタリアシチリア出身のホワイトエスニック。ニューヨークマフィアの父ヴィトーからボスの座を継承したマイケルコルレオーネ(アル・パチーノ)の、撮影監督ゴードン・ウィリスが鮮やかに切り取る深い翳りは、同じくマフィア(ギャング)との関わりを事業の出発点とする他なかった本作のアベルの苦悩と重ね合わせてみたくなっちゃいます。何せ、床屋まで登場しますから…。
彼の事業は妻アン(ジェシカ・チャステイン)の父、ギャング(クイーンズ地区かな?)の義父から受け継いだ小規模な会社が基になっているんですよね?『ゴッドファーザー』では血生臭いマフィアの抗争の影で対比される家族間でのいかんともしがたい血の繋がり、愛憎の歴史を情緒豊かに描いていましたが、本作にはそこまでの叙情性はない、というかアベルには『ゴッドファーザー』のマイケルの父ヴィトーのような唯一無二の絶対の父、メンターであり同時にロールモデルのような存在っていたんでしょうかねぇ。
アベル・モラレス(Abel Morals)はその名に特徴があって、名の一部に「moral(道徳)」*2本作の中心的命題が含まれています。モラルに反しないクリーンな事業を!を信条に同業者の市場に食い込んでいったアベルは、彼が生まれ持った名に由来する宿命に導かれるまま、大文字の父=法秩序を彼の人生の規範となる「父」の代理人の地位に据えたんでしょうね、きっと。

廃馬を撃つ

帰宅途中に偶然車ではねてしまった鹿を安楽死させられなかったアベルに替わり、躊躇なく銃を放てるジェシカ・チャステインは、ギャングの娘らしい胆力と現実主義に根差した有能さで夫を支えています。マニキュアに傷がつかないよう、鉛筆で計算機を叩いてるのには感心しました。しかも早いんですよ。経理のベテランなんでしょうね、夫に内緒で抜け目なくせっせと脱税にも励んでます。
土地売買の契約の席で、多分、女だからというだけの理由なんでしょうね、伝統的ユダヤコミュニティから弾かれ、冬空の下、優雅なアルマーニのヴィンテージコートを着ながら悪態ついている姿には魅せますねぇ。
この鹿=廃馬を撃つシーンに対置されてるのが、終盤、アベルの会社で働いていた同じヒスパニック系の青年が自殺する場面だと思うんですね。
頭部を貫通した銃弾がオイルタンクに跳弾した際、絶命した青年の下に駆け寄るでもなく、アベルは冷静にドクドクと血のように流れるタンクの漏れをハンカチで塞いでいました。
”成功が大事なんじゃない、そこに至る道が大切なんだ”の信念通り、彼は正しい道を歩んできた(つもり)だったのでしょうが、その影で汚れ仕事や危険な仕事を引き受けてくれる人物がいたからこその「クリーンな道程」だったわけで…。彼の成功にはこのクリーンな人物であるとの看板イメージが不可欠だったんだと思います。
序盤、全財産をつぎ込んで土地買収に奔走するアベルの度を越した土地に対する執着(妥当な条件での賃貸契約も可能だったのに、アベルは土地の所有に拘りました)を弁護士は不思議がってましたが、終盤ユダヤ系コミュニティから手に入れた土地が現れる場面を見て、私は納得しちゃいました。
安価な夏場に仕入れ需要期の冬場でより高値で売りさばく、彼のビジネスモデルを実現させてくれる約束の地は、マンハッタンの一望出来る絶好の場所。この地に魅入られた時からアベルは既にルビコン川を渡ってしまったのかも知れません。

*1:1890年の国勢調査により「フロンティアの消滅宣言」が報告される。アメリカにおけるフロンティアとは、インディアン掃討の最前線でもあり、フロンティアの消滅はインディアンの組織的抵抗の終焉を意味する

*2:http://www.imdb.com/title/tt2937898/trivia?ref_=tt_trv_trvThe name of protagonist Abel Morales is a play on the words "Able" and "Morals", the central themes of this film.