リミットレス(ネタバレ)/私の影が私を追ってくる

■脳のアップグレード

原作(未読ですが)タイトル通りの『ブレイン・ドラッグ』にまつわるお話。開発した製薬メーカーの宣伝文句なら“眠っているあなたの脳をアップグレードして、さあ、今すぐ無限の可能性への扉を開こう!今なら一名様のみ初期費用(一錠あたり)800ドル!”って感じでしょうか。
映像のトリップ感、素晴らしいと思います。一行も書けなかった小説家志望の主人公エディ(ブラッドリー・クーパー)が薬の力によって小説を一夜にして書き上げるシーン、アルファベットが雪のように舞い降りてくる視覚効果も好みですけど、ばっちり薬をキメたエディがニューヨークの街を散策するシークエンスが良いですね。美容室でのヘアカットから始まる鏡を多用したカット・ズームインで、画面中央部にズンズンと入り込んでいく疾走感はかなりクラっときます。この脳機能を飛躍的に高めるヤバいお薬は、主に記憶や視覚中枢に働きかけるようで、読んではみたもののすっかり忘れていた本の内容とか、生え際に浮き出る汗とか通常なら見落としてしまう些細な出来事を視覚でとらえ、情報として再構築する。語学の習得も、ピアノだってすぐにプロ級の腕並みに。努力も苦労も、その分野で専門性を追求し切り開いていく過程で生じる様々な迷いや挫折を経たうえで初めて到達できる境地なんてものがものの見事に欠落している。でも、欲しいです、このお薬。インチキとか邪道とか悪しざまに言われてもいいから(笑)。
薬が効き始めると、もう一人の「自分」を見る幻視から始まるんですよね。これ、面白いと思いました。映画でおなじみの高速度撮影などで有限の時間をフラットに引き延ばし、無限にも近い時間を描き(例えば、世界は停止しているのに当人だけは自在に動けるとか)脳機能の飛躍を視覚化するのではなく、自己身体の増殖によって意識可能な領域の限界(limit)を押し広げて見せる。身体(感覚器官)が意識(脳機能)を閉じ込める檻であるなら(身体というひとつの容器に意識は一つ)、身体(感覚器官)の方を増やして見せましょうって、マザーボードにコネクトできる拡張スロットが増えていくような感覚に近いです、私の中ではですけど。。これはドラッグの副作用、記憶が飛んでしまう症例とも合致すると思うんです。増殖した身体(感覚器官)が知覚した情報が脳の中枢で上手く統合できず、記憶として定着できない。主体固有の記憶はアイデンティティに直結しますから、ドラッグの禁断症状は自己崩壊へと一気に加速してしまいます。
成り上がり者が一気に頂点まで駆け上がる、観ている方も思わずゾクゾクするような快感から、薬の禁断症状へと突き落とされてしまったエディ。おまけに薬の効能を知った、ちょっと抜けたところのあるマフィアや謎の人物(この人も薬目当てだったことは後でわかりますが)から命を狙われ、せっかく寄りを戻したリンディまで危機に陥る。八方ふさがりの状況をどうやって解決していくかというと、やっぱり薬頼みなんです。追う方も追われる方も薬欲しさで動かされているのですから、自らの鏡像=影に追われているようなものにしかみえない。
成功したエディは、ボディガードを雇って感覚器官の外部委託を始め、危機に立ち向かおうとしますが、これもすぐに限界に達してしまう。ペントハウスのシークエンスはそれ以前とは違って、映像の視覚効果は抑えられ、肉体を酷使するアクションに切り替わってます。最後の一錠をマフィアに奪われたエディは、目も眩むような高層ビルからのダイブを躊躇したのちに断念、窮地からの脱出の為に火事場の馬鹿力を発揮、これも薬欲しさからとった行動ですよね、ドラッグなしでも死ぬ気になって立ち向かえば、アドレナリン、ちゃんと出てる(笑)。
薬の成分を得るために殺したマフィアの血をすするまでになった彼は、ある種のヴァンパイア化を遂げ、限界(limit)を超える未知の領域に生成変化する訳でもなく、地に足のついたバトルが繰り広げられる。最後まで残ったマフィアの手下は、視力を失なったために結果、エディとの差がついてしまっただけにしか見えなかった。地下鉄での超絶バトルは何だったんだと思いましたが(身体的体験として蓄積されてないの?)、薬の副作用で初期化されてしまったということで無理やり納得させてますけど、イマイチすっきりしてません。



■どっちの話が本当?

ペントハウスでのバトルから12か月後、エディは上院議員となり(わずか一年で?)大統領選を目指してました。そこに現れたのが大物投資家のカール・ヴァン・ルーン(ロバート・デ・ニーロ)。有力候補であるエディを操るフィクサーになるために、再び彼の前に現れた男。こうやってこの人は今の地位を築いてきたんでしょうね。で、そこで交わされた会話で、エディは薬なしで限界突破が出来たみたいなこと(シナプスが完全につながった)と言い、実際に、タクシーの衝突事故を予見し、カールの心疾患を言い当てて見せます。これって本当なんでしょうかねー。血を啜った事によって体質が変化し超人化したのか、この話はハッタリだけの嘘、記憶を無くすような副作用がない上に更にバージョンアップした新薬の開発に成功したものの、カールに察知されラボを封鎖されてしまったのか、どっちなんでしょう。ココもすっきりしてません。
私は、新薬開発した方が好みです。カールとの面会の後、リンディとデートした際のレストランでの中国語ペラペラのエピソード、巧みに中国語を操るエディに向けられるリンディの眼差し、イタリア語披露をきっかけに自堕落だった彼が改心したんだと思い、よりを戻した彼女が“えっ!薬止めたんじゃなかったの?”と思うところじゃないかと…。アメリカは未来の大統領に、ドラッグ常習者を指名するんだと思えば、中々皮肉な幕引きではありますが。。
妄想ついでにもう一つ。元妻の弟から貰った一錠(ドラッグ)で、神がかり的トランス状態になったエディが書き上げた小説でしたってのは…無理ですかねー。