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ハッシュパピー バスタブ島の少女(ネタバレ)/世界の鼓動を聞く

■泥の止まり木―取り残された土地
アメリカのミシシッピー川下流域、南部デルタ地帯にある、ハッシュパピー(クヮヴェンジャネ・ウォレス)と父ウィンク(ドワイト・ヘンリー)が暮らす「バスタブ島」。この親子が住むお家が凄いことになってました!。森の中に廃材やがらくたを寄せ集めて建てた、今にも壊れてしまいそうなボロ屋で、電気も通っていない(古い冷蔵庫はありましたけど、クローゼット代わりに使われてました。食料を保存するのはレジャー用のクーラーボックス)極貧生活。日常が既に非日常に浸蝕されてる、サヴァイヴァル状態なんです。父親の教育方針がもう滅茶苦茶で(笑)、娘に与える食事は家畜のエサやりと大差ない、人間も家畜もいっしょくたになって「鶏肉=エサ」にありついています。ワタリガニの食べ方(甲羅の外し方)を親切に教えてくれる人を退け“むさぼるんだ!”とけしかける、えらくマッチョなお父さんで、あと数年もすれば間違いなく娘から鬱陶しがられたでしょうけど、父ウィンクは心臓疾患の持病があり、自分が長くは生きられない事を知っていたんですね。父には娘が成長し大人になるまでを見守る時間が残されていないから、娘が辛い現実の前に打ちのめされずに生き抜いていけるだけの勇気と気骨を、彼に教えられるものすべてを残そうとしていたんです…ファザコンなので、このお父さんには泣かされた(うわーん)。。2005年8月末、カリブ海沿岸、米南部などを中心に甚大な被害をもたらした「ハリケーン・カトリーナ」が色濃く反映されてる作品で、巨大な嵐の接近を知った住民が家財道具を車に積み他所へ避難する様子や、嵐が去った後、氾濫した川をボートで下りながらの生存者探し等、当時ニュース映像で見ていた記憶が甦りました。避難勧告が出ているにもかかわらず、水没地域に取り残される住民が続出した背景には、アメリカ深南部の貧困問題があり、避難しようにも車もなければ、長距離バスの代金も支払えない貧困層が主に取り残されてしまったんです。ハリケーンは天災ですが、あそこまで被害が拡大したのは人災でしょうね。。
海抜ゼロメートルの「バスタブ島」は貧困や経済格差から、嵐の到来前に既に「取り残された」人達が住んでました。年に一度のお祭りは勿論の事、水害の犠牲者の弔いでも涙を流すのはご法度。祝祭的な陽気さで酒を飲み、ミシシッピ川の恵み(カニやエビ)を頬張る。自然の恵みもその脅威も、彼らの「生」の一部なんですね。近代化の過程で切り離されてきた「死」すらも穢れや忌まわしきものとして隠蔽されないんです。内臓を抉られて腸まではみ出たオオカミの死体をハッシュパピーはじっと注視する勇気を得ました。南極の氷に乗ってやって来るあらゆる災厄の象徴、病気にしろ、自然災害にしろ、小さなコミュニティの心臓部を抉る、無慈悲にも死をまき散らしていく獣=死神(勿論、この獣は死を恐れる少女の心象ですが)を撃退できたのも、死の恐怖にうち勝ち、死を含めた生こそが現実だと受容できるようになったからなんだと思います。
父は、川のずっと向こう「壁」に守られた“「乾いた土地」には何もない”と話してましたけど、人の温もりがこの土地には残されています、というかそれがなければ生きて行けない。この村には自前の学校までありました。この学校の先生、太ももにラスコー洞窟の壁画に登場するオーロックスのタトゥーを入れ、民間薬を処方し、ハッシュパピーは動物と心が通う(会話できる)と信じてる少女。女性達の多くに、この「取り残された土地」の鍵となる人物が配置されてる、不思議なコミュニティです。ハッシュパピーが「怒りんぼう」という名の船に乗って、生者として「死者の国」入りをする幻想的なシークエンスで登場する娼館は「elysam fields(字幕では極楽だったかな?)」。この名はギリシア神話由来で、至福の島の事だそう(『オデュッセイア』に登場する カリュプソーの島やケルトの他界の方がより近い感じがします)*1。バイブルベルトのディープサウスを舞台にしながらキリスト教の影響がみじんも感じられない作品も珍しい。キリスト教以前の文化も射程に収めながら、環境問題等、社会性のある視座がファンタジーと混淆する脚本は、幻想と現実の境が曖昧な少女の視点を通してこの世界を覗く「窓」にぶれがないから成立可能なんだと思います。少女の目を通して描かれる世界は、耳を澄ましてその「鼓動」を聞き分けなければならない程*2繊細な秩序によって成り立ち、このゴミ溜めのような土地も、世界を構成するかけらであり、ハッシュパピーは人工的な壁によって世界を分断しようとする向こう側のシステムとは違う自分達の役割に覚醒していくんですね。冒頭で泥を捏ね上げて作っていた小鳥のための「止まり木」は、少女にとってバスタブ島と同じなんでしょう。壁の向こうの管理された清潔で快適な社会(水の無い水槽と言ってた)から見れば、価値のない土地でも、そのかけらがあるから世界の均衡は保たれている。父を見送り、また一歩大人へと近づいた少女に、この世界はこれからどのように見えていくのでしょうか。。
ハンディカメラの揺れる映像は、画面酔いしてしまうのでちょっと苦手なんですが、最初のほうだけであまり気にならなかったです。幻想の娼館から現実世界への帰路は振り向いた一瞬で終わる鮮やかな編集や、ウォルター視点で見たハッシュパピーの出産光景、ボートの上で何かの葉っぱを食べてる彼女の愛らしさ、草の生えたログハウスのような三角屋根が嵐の後にハリネズミみたいに変わっていく所、父が語るワニのから揚げの黄金の泡とか、唐揚げのパウダーが光の中で乱舞する画、嵐の後、ぼろ屋のトタン屋根からハッシュパピーが現れる場面なども印象的でしたが、一番のお気に入りはあの乱雑なお家です。一体何が収納されてるのかじっくり見てみたい!死者の国から持ち帰ったワニのから揚げがチキンナゲットの簡易容器に入っていたのもツボでした(この時の紙袋に印字されていた数字が、母の形見―赤いタンクトップの背番号なんでしょうか?)
そうそう、高潮による塩害からバスタブ島を守るために、父ウィンクが仕掛けたダイナマイト、あれってシーラカンスのはく製なんでしょうか?ワニには見えなかったんですが…。オーロックスのタトゥーもそうですけど古代種を登場させるんですよね…ふむ。。

*1:http://www.imdb.com/title/tt2125435/trivia?ref_=tt_trv_trv

*2:嵐を運んでくる落雷も、南極の氷が砕ける音も、このコには、この世界の鼓動のように聞こえてるんだと思います