ナイトクローラー(ネタバレ)/夜に這い回る空腹のコヨーテ

盗人のわらしべ長者

ジェイク・ギレンホールが役作りの為に20ポンド減量して臨んだ*1本作、かなりの後味の悪さなんですが、面白かったです。

 Imdbトリビアにあるように、ルイス・ブルームを表象するイコンは「腹を空かせたコヨーテ」なんですね。ココに着目したジェイク・ギレンホールは素晴らしい。
北アメリカ大陸の広域に分布するコヨーテは、生まれ持った適応力の高さで、その生息範囲を拡大してきました。知能が高く、視覚、聴覚、嗅覚を効率よく統合しどんな環境の変化にも耐えうるその生命力は、アメリカの先住民ネイティヴ・アメリカンの民話にも登場します。
自然の中に溶け込むようにして暮らしてきたインディアンたちの伝承には、身近にいる動物たちが様々な伝承の主人公を担うケースが多く(天地創造神話も動物たちが重要な働きをしている)、ジャコウネズミや亀、ウサギやビーバーといった動物たちと共に、コヨーテにも重大な役割が与えられています。
狡猾な「トリックスター」であるコヨーテが火を「盗む」、『火を盗んだコヨーテ』の民話
火を盗んだコヨーテ (クラマス族) - サンタフェより
はよく知られてるんじゃないでしょうか。。

 作中でルイス・ブルームの出自やその背景等は一切、語られません。彼は映画の冒頭から「盗人」として登場し、最後まで「盗人」のままで終わります。
生活に困り、銅線やマンホールの蓋を盗んでは金に換え小銭を得ていた頃と大した違いはない、盗む対象がモノから、被害者のプライバシー、ライバルのノウハウ、情報を巧みに改竄する編集技術、警察に知らせなければならない筈の情報、はては人の命に置き換わっただけに、私には見えるんですね。
暴行を加え無理やり奪った腕時計を、最後まで肌身離さず身に付けていたのは、天職と出会えた幸運のお守りくらいに思っていたんでしょう、盗品を身に付ける事で生まれる宿命の綻びすらルイスを捉えることが出来ないんです。


 本当に上手いなぁと思ったのは、ビデオ機材片手に殺人現場に不法侵入した際、被害者の血が偶然付着したシャツのシークエンス。
このシャツは、ルイスが毎朝丹念にアイロンかけしていたものなんですよね。観葉植物の水やりとアイロンかけ、彼の孤独が浮かび上がるエピソードですが、シャツについた被害者の血は画面には登場せず、替わりに現れるのは、殆ど瞬きをしないで語るルイスの怪物性です。
血の付いたシャツが動かぬ証拠となり、これが転落への幕開けになるのでは?と身構えてしまった私は、まんまと作品の罠に嵌りました(笑)。

 彼が粛々と実践していく成功哲学は、ネットで漁ったお手軽な自己啓発が中心で、その薄っぺらさから富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる新自由主義の構造的欠陥と重ね合わせるのは容易だと思います。
市場原理主義が齎す過度の競争社会、経済成長の名の下に負の資産(リスク)を押し付け合うシステム=逃げ遅れた者が真っ先に悪魔に食われる「弱肉強食の荒野」で狡猾に立ち回るルイスは、コヨーテの名に恥じぬ勤勉さと上昇志向で、メディア界でのし上がっていきます。

ルイスは最初から最後まで首尾一貫して変化も成長もしないのに対し、彼と公私両面で関わってしまったTVディレクター、ニーナ・ロミナ(レネ・ルッソ)の転落ぶりは痛ましい。厚化粧では誤魔化しきれない加齢と、言葉巧みに近づいてきたルイスを、仕事のパートナーとしても男女関係としても切れずに、ズブズブと深みに嵌っていく女が、支配していた筈の者にいつの間にか支配されて行くのにはゾクゾクしました。彼女は虚構=サバービアの物語に縋る事で自己を保とうとするんですが、そもそもルイスには、モラルどころか虚構=物語すら必要ではないんですね。
 でもね、神話的功労者、文化的英雄の地位から引きずり降ろされた悪しき破壊者、現代のトリックスター、ルイス的なるものが創世する新秩序なんて、私は見たくはないです。
そういう意味でも、ルイスの転落を描かず、上昇とその運動の限界点近くまでしか見せなかった本作は、悪しきものが罰せられる勧善懲悪の物語の心地よさはなくても、一種のピカレスクロマンのような、裏返った、ほの昏い魅力を発散する作品としての完成度は高いんじゃないでしょうか。
既にアチコチで比較されている「大統領候補暗殺」と「12歳の娼婦」のイノセンス(一方的な押し付けですが)という虚構=物語を必要とした『タクシードライバー』のトラヴィスより、他者に対する想像力を著しく欠き、自己の定めたルールにのみ忠実だった『ノーカントリー』のシガーの方が、よりルイス像に近いかなぁ。。

*1:http://www.imdb.com/title/tt2872718/trivia?ref_=tt_trv_trv Jake Gyllenhaal lost 20 pounds for his role. This was Gyllenhaal's own idea, as he visualized Lou as a hungry coyote.