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フォンターナ広場 イタリアの陰謀/「鉛の時代」の生みの親は東西冷戦

マフラーとネクタイ

1969年12月12日、ミラノのフォンターナ広場。全国農業銀行が何者かによって爆破され、17人が死亡、88人が負傷した実際の事件を基に映画化された作品。
映画『フォンターナ広場─イタリアの陰謀』公式サイトに載ってる相関図通り、事件関係者の多さ、今なおその真相は闇の中である事等、非常に入り組んだ事件です。チケットを買う際に手渡されたフライヤーにも相関図が印刷されていて、上映前の10分間程、真剣に眺めましたけど、全部覚えるなんて無理だよー(笑)。
本編では、主な登場人物が所属している組織名のテロップがついてたので何とかついて行けましたが…。

銀行爆破事件の容疑者として当局に連行されたアナキスト、ジュゼッペ・ピネッリ(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)と、彼を取り調べるルイージ・カラブレージ警視( ヴァレリオ・マスタンドレア)を中心に、警察や公安、司法関係者、大統領や外相など政治の中枢にいる人物達、複数のアナキストグループとネオ・ファシスト、報道関係者や情報をリークする記者、政治(情報局)の背後に見え隠れするCIAやNATOの関与。これだけのスケールの事件を129分のフィルムによく納めたなぁと、まずそこに感心しました。
緩みのない、重厚で正攻法の作りで、音楽も控えめ。
本作に登場するアルド・モーロ(本作では外相時代ですが)が1978年に誘拐、暗殺された事件で関与した「赤い旅団」をマルコ・ベロッキオ監督が映画化した『夜よ、こんにちは』と同じ、イタリア近代史に爪痕を残す事件を扱っていますが、そのアプローチの方法は極北ぐらい違ってます。

ヤルタ会談後始まった「東西冷戦」は、ヨーロッパを蔽い尽くす暗雲、「核」の恐怖でがんじがらめにされていた時代の、圧し掛かる不安感がじわっと画面に染み出すようで、残虐な描写はほぼ皆無、例えば銀行爆破現場には死体すら登場させず、店内に残る書類の紙吹雪だけで、爆破の規模を示す。抑制の効いた語り口はポリティカル・サスペンスとして堂々たる風格に仕上がっています。
爆破現場に駆けつけた検事の額に一滴の血痕が付く。それに気づいた警視とのやり取りと目線の動きだけでその血がどこから落ちてきたかが分かりますもん。
取り調べを受けるジュゼッペ・ピネッリと、彼を取り巻く刑事たちのステージング・ポジションも、舞台劇のようでした。


カラブレージ警視とその妻が新居の内装(壁に架ける画の位置)の相談をしている所から、やがて妻は妊娠、ピネッリの死を当局の口封じだと糾弾する世論の渦中に放り込まれる頃には、第一子が生まれてる。夫が何者かによって殺害された時には、ふたりの子供とお腹の中には新しい命が宿り━CIAで研修を受けたエリート警視は白いトレンチコートにシックな色合いのハイネックセーターと、中々のおしゃれさんなんですが、奥さんの見立てなのかな?(笑)。彼の人間らしい奥行には、この妻との関係が控えめながらアクセントになっています。
朝の慌ただしい時間帯、何を思ったのかネクタイに迷ってる。どこの家庭でも起こる、ごくごく平凡で些細な出来事の後、この夫婦は永遠に引き裂かれてしまったんですね。
国家権力と、その背後にある冷戦構造が、得体のしれない巨大な闇を生み落し、大勢の命と、それに関わった人々の人生を巻き込んでいく。
カラブレージとピネッリ、出身階級も、受けた教育も、思想も水と油ほど違う者達の人生が交差した瞬間、既に人生の歯車は狂い始めていたんでしょうか。それでもこの両者の間にはいくばくかの信頼関係が成立したと思いたいです。

ゴム手袋をはめ、流しにある朝食の後片付けを始める妻の手元を捉える俯瞰ショット*1の何とも言えない不穏な感じ、それが夫の死を予見させる画だったと分かった瞬間には鳥肌が立ちました。
で、「ネクタイ」に対置されてるのが、ピネッリ夫婦の「マフラー」です。左翼運動にのめり込む夫を心配して起きた諍いの後、忘れ物のマフラーを手に部屋を飛び出した妻に向かって、おどけた様に首を差し出すピネッリ。後半、警視が見た幻覚に登場する彼の表情も、とても複雑で、あの表情から何を読みとるべきなのか、ココが一番もやっとしています。。
息子の死の一報を受け、病院に駆け付けたピネッリの母親から、すぅーっと医者たちが離れていく、優雅で残酷な画も印象的。母親の孤独と不安を思うとねぇ…。
夫の死を嘆くばかりではなく、司法解剖の結果も裁判で利用せず、真実を通したピネッリの奥さんも素敵ですね。凛とした女性だったんでしょうね、きっと。。
ノワール映画のように伸びる影、雨を含みしっとりと濡れた石畳、ワイドスクリーンに映える構図も引き込まれました。何せ舞台が北イタリアのミラノですから、建造物や調度品に品格があって、それだけで歴史の重みを感じます。情報局副局長のデスクにあったコレクション、もっとじっくり見たかった。あれは何でしょうね、アンティークみたいでしたが…。

*1:爆弾の起爆装置に食洗機のタイマーが使われていた事もあって、このお宅では事件以降、食洗機を使わなくなったんでしょうか