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ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅(ネタバレ)/一枚の紙が“時の人”を作る

ピックアップトラックと空気圧縮機で故郷に錦


路肩に雪の残る寒々しい風景の中、片脚を不自由そうにしながら画面奥から手前に向かって道路を歩いてる一人の老人。やがてパトカーから降りてきた警官に“どちらまで“と職務質問を受ける羽目に。ウディ・グラント(ブルース・ダーン)が歩いていたのは州間高速道路(ハイウェイ)だったんです、もうびっくりしました。おじいちゃん、危ないよー。おそらく軽度の認知症なんでしょうね。。
警察に父を引き取りに向かった次男デイビット(ウィル・フォーテ )も、やはり同じく、画面奥から手前へと移動しながらスクリーンに登場します。

アメリカにおける20世紀最大の公共事業は「州間高速道路網(ハイウェイ)」の建設です。
第二次世界大戦後の自動車社会を背景に、人口過密の大都市からミドルクラスの核家族が良好な治安を求め「郊外」に居を構える潮流は、新たな安全神話(郊外には大都市のような犯罪は存在しない)を作り上げ、やがて州間高速道路網の整備と共に、地方の中核都市にまで拡大。郊外(自宅)と職場を結ぶハイウェイは、巨大なショッピングモールを中心とする消費形態と切っても切れない新たな文化も生み出しました。東部リベラリズムが優位に立った第二次世界大戦後のアメリカで、経済成長の恩恵に預かるミドルクラスとは別に、郊外開発とは無縁の「ど田舎」に取り残される階層という新たなヒエラルキーも…。ネブラスカからモンタナに移り住んだグラント一家も、決して経済的に恵まれていたとは言えない。母親ケイト(ジューン・スキッブ)が美容院を営み家計を支えてたのでしょうが、大黒柱であるはずの父親は“ビールは酒じゃない”と昼間からアルコールを手にするような人。いつもガミガミ怒鳴ってる口煩いケイトに対してウンザリしながらも、懸賞詐欺を信じて疑わない父親と共にネブラスカまでの旅に同行することにしたデイビットは、母親に“(父のいない間)一人を愉しんで“と声をかける、心優しい息子です。


40歳過ぎても結婚に踏み切れず、別れた恋人に未練たっぷり。この恋人がかなりのおデブさんなんです。アレクサンダーペイン監督はこういう所、容赦ない。電気店に勤めている平凡な中年男の現実はこんなものだと、突きつけてくる(笑)。彼女が同棲していた部屋に残していった観葉植物の枯葉を拾い、それをそっと自分のポケットにしまう演出には唸りました。デイビットの優しさは優柔不断さとコインの裏表の関係なんですよね。彼女の中では既に終わった関係だから今更深入りするつもりはなくても、いくばくかの思いは残ってる。そんな微妙な距離感が感じられる良いシーンです。
出口を求めて足掻く事すら諦観してるような優男と認知症の父親との「旅」は、州間高速道路を利用してモンタナからワイオミング間をあっという間に過ぎ、サウスダコタ州のラシュモア山から合衆国大統領エイブラハム・リンカーンに因んで改名された最終目的地「リンカーン」に到るまでの「寄り道」が、移民の流入により人口の爆発的増加で治安が悪化した東部から、フロンティアを求め*1拡散していった開拓民の軌道と重なり合うんですよ。人生の滋味深い翳りが滲みだす頃には、無口で頑固なお人よしの父親と、口煩いだけの母親にも(毒舌ですが)活力に満ちた青春時代があったことを知り、両親を見つめる息子の視点に変化が訪れるんですね。


宝くじの高額当選を聞き付け、親族がゾロゾロと集まって来るのには大笑い。手持無沙汰の男性陣がそろって無言で地元チームのTV観戦をしてる反面、女たちはキッチンでにぎやかなおしゃべりを繰り広げてる。似たような光景はどの国にでもあるんですねぇ。。
過去のしがらみをチラつかせて金の無心をするエド(ステイシー・キーチ)の憎らしい事といったら…、本気で腹が立った(笑)。当選が詐欺だと分かった途端、大勢の前でウディをバカにし嘲る姿を見て、普段はおとなしい、おそらく人に手をあげた事すらないであろう デイビットが父に代わって一発お見舞いしたのには、大喝采でした。
終盤、デヴィットは日本車を売り払い、父の記憶にトゲのように刺さっていた「ピックアップ・トラック」*2と「空気圧縮機」を手に入れ父にプレゼントします。無免許運転(認知症の為に免許は取り上げられてる筈)で、故郷の街に凱旋するささやかなパレードは、警察のお世話になってる“時の人”だったウッドを、幸運を射止めた“時の人”に変えます。朝鮮戦争に従軍し、その時の悪夢のような経験から深酒するようになったウッドの一世一代の晴れ舞台。国家(戦争)とエド(過去のしがらみ)、未払いのままだった債権を回収しようとするウッドの瞳には、欲に駆られた濁りはなく、認知症さえ霧散したかのような、透明な光が宿ります。
人生の残り時間が砂時計の砂のように加速度的に零れ落ちていく事を肌で感じてるからでしょうね、ウッドが自らの矜持と尊厳を取り戻す為に、老体にムチ打ち徒歩ででもリンカーンを目指したのは、うだつの上がらない人生にも、光差す瞬間があることを伝えたかったんだと思います。父として決して褒められた人物ではなかったでしょうが、この旅は父として子供たちに残す「遺言」でもあるわけですよね。
深夜、病院を抜け出したウッドを探していたデイビットの視界に、最初に飛び込んできたのは、その「背中」でした。短い旅の間、初めて見る父の背中。おぼつかない足取りで、頼りない、それでも前に進もうとする姿は息子を先導する灯となって、デヴィットの脳裏に永遠に刻まれることでしょう。私はこの「背中」に一番グッときました。

線路は続くよ

OP、州間高速道路を歩くウッドの場面に登場していた貨物列車、旅の途中での入れ歯探し等、本作、親子の旅に並走するかのように結構列車(線路)に関わるモノが登場してたんですが、ココが今でもやっとしています。ネブラスカ州の産業は、酪農(車から降りて立小便をするウッドの場面に沢山の牛さんが映ってた)と、農業(トウモロコシ・大豆)貨物輸送(鉄道及び貨物自動車)が挙げられるそうなんですが*3『アバウト・シュミット』でウォーレン・シュミット(ジャック・ニコルソン)の妻の葬儀から「家畜運搬車」が登場していたんです。で、キャンピングカーで一人娘ジーニーの住むデンバーに向かう道中にも並走するように家畜運搬車が登場。長年、保険会社と、同じドイツ系の妻に飼われていたウォーレン・シュミットの人生は屠殺場に運ばれる「牛」と同様、彼の人生は牽かれたレールの上を走ることに何の疑問も持たない思考停止したハートランド(中西部)の伝統的保守層だと痛烈に皮肉っていた作品で、『サイドウェイ』のしがない高校教師マイルス(ポール・ジアマッティ)のセリフにも家畜運搬車と牛の件が登場していたりと、ネブラスカ出身のアレクサンダー監督ですから、何の意味もなく線路を登場させるとも思えなくて…。DVDで見直し必然のポイントだと思ってます。

*1:西部開拓時代のフロンティア・スピリットは東部(のマスコミ)主導で厚化粧された経緯があります

*2:ピックアップトラックは西部開拓時代、開拓民のシンボルであった馬や幌馬車でしょうね

*3:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%82%AB%E5%B7%9E