スカイフォール(ネタバレ)/さようなら、私を愛したスパイたち

一日の映画の日に観ました。シネコンの最大箱がお客さんで一杯になった状態で映画を観るのは何年ぶりでしょうか。。
今回のボンドガールは「M」なんだという情報、事前に目にしていたんですが、なるほど納得です。上海編で、超高層ビルの反対側の部屋に登場していたモジリアニの絵みたいな肩のセヴリン(ベレニス・マーロウ)や、健康的なお色気のイヴ(ナオミ・ハリス)が霞んでしまうくらいの存在感があります。登場する男性陣のほとんどがMに対する忠誠心なり、愛情なりを示す見せ場を競っているみたいなんですもの。。ラウル・シルヴァ(ハビエル・バルデム)も“愛の告白”やってましたし…。どんなけママが好きやねん(笑)。77歳(1934年生まれ)のジュディ・デンチは95年の『ゴールデンアイ』以降、ずっとジェームズ・ボンドの上司「M」を演じてきたんですよね。お歳のせいもあってさすがに身体は思うようには動かないようですが、組織の頂点に立つ人間であり、同時に政治の世界で暗躍する魑魅魍魎とも渡り合い、時に冷酷な判断を下す彼女の存在が、荒唐無稽で単細胞な敵、異国情緒あふれる観光地巡りと、プレイボーイのボンドが美女を救い出すお決まりの展開で閉塞していた過去作から、リアル路線への方向転換ために不可欠だった事、再認識しました。娯楽性とのバランスは、ダニエル・クレイグが起用されてからの方が、私は好みです。
ジュディ・デンチのパートで一番好きなのは聴聞会のシークエンスです。詩の朗読も勿論ですが、MI6の失策をネチネチと責め立てる女性政治家(この人のソフィスティケイトされた話し方がたまらなく嫌味で、良いです!)と対峙していた際、シルヴァの襲撃を受け、中断せざるをえなくなったのを心底、悔しがる。知的で冷静な人物ですが、芯に熱いものを持ってて、逆風の中でも逃げずに、最前線に立ち続ける女性で、女から見ても無茶苦茶カッコ良い。スペインの無敵艦隊を破り、ヨーロッパの二流国に過ぎなかったイギリスを一流国に格上げさせたエリザベス一世の統治時代を「黄金時代(ゴールデンエイジ)」と称揚するイギリス人のメンタリティには、政治を行う女性指導者に対する忠誠心抜きには考えられない面があるようで、本作でも、一度は非情にも使い捨てにされ、いつでも交換可能な部品に過ぎない現場工作員の宿命から、やさぐれて自堕落な生活に溺れていてたボンド(ダニエル・クレイグ)も、Mの窮地を知れば、たちまちシャキっと立ち直って馳せ参じます。こんな風に守ってもらえるなんて、女の夢だわ。。私邸に現れたボンドに“ここにはあなたを泊めない”と言ったり、終盤の礼拝堂で“遅かったわね”と言ったり、Mさんったら、もう、ツンデレなんだから(笑)。
トムフォードのスーツをかっこよく着こなすダニエル・クレイグのPVのようなアクションシーンは眼福でした。キレがあって、体の動かし方が美しいんですよね。上海編で、漢字のネオンサインやエレベーターシャフトの直線的な画が、空中庭園を思わせる幻想的な夜景のアクセントとなっていたり、マカオの強烈な赤(『千と千尋の神隠し』で八百万の神々がお湯屋に押しかけるシーンを連想してしまいます)も印象的。軍艦島でロケした無人のビル群の俯瞰ショットとか『インセプション』を思い出しました(←私が観すぎているからかもしれないんですけど)。撮影監督はロジャー・ディーキンス。スコットランド編での、ボンド所有の猟場を捉えたロングショットの美しさはため息が出そうなくらい。。
軍艦島の廃墟のビル群は、シルヴァの心象風景と同じなんでしょう。奥歯に仕込んだ毒カプセルでも死ねなかった男、名誉ある死も遂げられず、おそらくその後の拷問で、セクシュアリティに重大な傷を植え付けられた男の卒塔婆(墓標)があの廃墟だと考えると、私にはしっくり来ますね。サイバーテロには原則、国境は存在しないんです。世界中を蔽うネット上の広大な「海」を主戦場とするシルヴァは、ネット上ならどこにでも現れることが出来る強みを、Mという極上のエサに釣られてボンドの生まれ故郷スコットランドにまで引き寄せられ、手放してしまったんですよね。ハイテクのシルヴァに対して、ローテクで固めたボンド(止めを刺したのもナイフでしたし)、二匹の鼠であり、Mの擬似的息子ふたりの最後の戦いの場がスコットランドの猟場であるのは、偶然ではないでしょう。ココは是非、英国貴族のたしなみ、キツネ狩りに擬えたいところですが、「レッドへリング」が見つからない(笑)。シルヴァ(スペイン)に対抗するのがM(イングランド)とボンド(スコットランド)組なんですよね…ふむ……。