テイク・ディス・ワルツ(ネタバレ)/ペディキュアを変えてはみても、寂しさは埋まらない

■お菓子が焼き上がるまでの時間、私は一人で夢を見る
優しいけど、兄弟のような関係で男としては物足りない夫ルー(セス・ローゲン)と、旅先で偶然出逢った上に、これもまた偶然、隣に引っ越してきたダニエル(ルーク・カービー)との間で揺れるマーゴ(ミシェル・ウィリアムズ)。一見幸福そうに見えるルーとの生活に満たされないものを感じていたマーゴは、悩んだ末に夫とは別れ、ダニエルの下へ。多くの犠牲とそれでも消すことが出来なかった情熱で結ばれた二人の生活も、やがて色褪せはじめ、マーゴはルーと一緒に暮らしていた頃と同じ倦怠へと囚われていく…手垢のついた、どこにでもありそうな物語なんですが(笑)、終盤の身も蓋もない展開に、女性監督ならではの繊細さより、大胆さの方が勝ってるじゃないかって感じた作品でした。
序盤、旅先の観光地で行われていた姦通罪に対する鞭打ちの刑から始まる、キリスト教圏らしい描写がありましたけど(観光地のお芝居では罰せられるのは男性の方で、それをおもちゃの鞭で打つ役をやったのがマーゴでしたが)互いに惹かれあっていても、既婚者の彼女はそこに縛られていて、一線を越えられない。で、その代わりに妄想セックスというか、エアセックスを求める。自分に好意以上の感情を持っている事を分かっている女が、相手の男に“あなたならどういう風に私を(フィジカルに)愛してくれるか?”と尋ねる、とってもエロティックな場面があって、ブサカワの境界ギリギリの所を行ったり来たりする、ミシェル・ウィリアムズのリアルな表情はお見事!でした。このエアセックスは精神や人格と切り離された肉体、精神と肉体を分離可能なものと考える(西洋的な)二元論に乗っかっているわけですよね。本当に「寝た」訳じゃないから不貞ではないと…。実際は肉体の接触から精神の深い森へといざなわれる、精神も肉体も渾然とした不可分の領域がある事、もう大人なんだから二人とも知ってる筈なんですけどね。何かのゲーム(プレイ)なのかしら?と思ったくらいでしたもん。。モラリストのダニエルはマーゴからのリアクション(夫と別れる事)がない限り、マーゴには手を出さない上に、30年後の再会を約束する絵葉書を残して引っ越してしまう。これってズルいです。こんなにも私を大切に思ってくれてるからって、女の方は舞い上がっちゃいますよ。。これが契機となって、もう気持ちが抑えられなくなったマーゴは、全てを捨ててダニエルの下へと馳せ参じてしまいます。
ダニエルとの新生活をモンタージュ風の映像で切り取っていくシークエンスの残酷さが良いですね。全く生活感のないがらんとした部屋で愛し合う日々が、やがて家具や衣装、家電製品=ありふれた日常に埋もれていく寂しさ。やるせない倦怠感を纏ったルーとの生活と何ら変わりのない光景が再び現れるまでの早い事!予告トレーラーにもあった、燃えるような夕日に浮かび上がる二人の姿は、そこでは(予告トレーラーでは)全く想像できなかった箇所で、この泣きたくなるまでに美しい場面が使われてます。このふたり、30年後に約束したイベントを前倒ししなくちゃならない程、冷めきってしまってるんだと思います。ホント、残酷ですねぇ。。

☆☆☆
あっ、確認ボタンと公開ボタン間違えて押しちゃって、中途半端のままでアップされちゃいました(恥)。なので、もう少し触れて置きたい所だけを追加します。
OPと終盤がほぼ同じに見える円環構造(ブックエンド方式とも言われますけど)で、その違いはマーゴのペディキュアの色がブルーから赤に変わった事と、OPは被写界が浅くなったり深くなったり、とても不安定だった画から、終盤、彼女は自分を取り巻く外部に関してすっかり興味を失ってる(彼女を中心とする視界が浅くなってる)ように見える事、序盤の夫のルーと同じく男性の姿は映っているものの、その顔ははっきり写っていなかったと思います(普通に考えたら、終盤の男性はダニエルでしょうけど)
ダニエルと遊んだ遊園地のシークエンス、酩酊したかのような浮遊感のある映像の直後に、夢のような空間が失われ、冷たい無味乾燥とした現実を対置させてある場面がありましたけど、ラストで彼女、独りで遊園地で遊ぶ空想を始めてるんですよね。“どっちかつかずの状態“を恐れていた彼女の心は、常にシーソーのように揺らぎ、その息苦しさから逃れる為に、わずかに負荷がかかっただけで気持ちが大きく傾いてしまう。でも、直ぐにその位置に倦み始める女なんですよね。不安定な状態を恐れながらも同時にそこに惹かれてしまう女性なんでしょう。宙ぶらりんだからこそ輝いて見えるものに価値を見出す度に、パートナーチェンジしてたら…大変なことになってしまいます(笑)。独りで空想する世界を知った彼女は、もうシーソーのようには揺れないでしょう。これが彼女が学んだ、もう誰も傷つけたりせずに済む、彼女なりの処世術なんだと思います。